3.安住の地かもしれない場所(3人とも居候の身)
威厳、尊厳、貫禄、全くもってゼロ。
魔王って言われても、全然人間の姿だし、全然威厳もないし、可愛いし、身長も若干小さいし、胸デカいし、悪そうに見えないし、胸デカいし……。
とりあえず自己紹介だ。
「え、ええっと、私は花香と申します」
「お……私は、宥二と申します」
「僕はシャドウと申します」
「「「よろしくお願いします」」」
「こちらこそ、宜しくお願い致します……」
…………。
「…………」
「「「…………」」」
…………。
「「「「…………」」」」
進展が、ない。
沈黙が続きすぎて、スライムさんや遠巻きに見ていたモンスターたちも困惑している。
この膠着を何とかしなければと思っていると、またしてもシャドウが口火を切った。
「あの、魔王様は僕達を捕らえた後、どうするつもりなのでしょうか?」
「えーっと、その、神様からお告げを頂いて……あなた達を保護するようにおっしゃっていたのです。ですから、私たちはあなた達に危害を加える気は微塵もありません。あと……可能ならば、シスカ、と気軽に名前で呼んで頂けたら嬉しいのですが……」
「あの、魔王様……でなく、シスカさん。先程の神様と言うのは、一体……」
「あ、それは、スターライト教団と言うのですけれど……お心当たりがありましたか?」
「へ、へえ~、そうだったのですね~」
これ以上会話を進めることに失敗した花香に代わり、シャドウが質問を投げかけた。
「ところで、なぜあなたは、あなたたちはここに……こんなに人間の国と近いこの森にいるのですか?」
確かに引っかかっていたところではある。
魔王というのなら、国の中心の城で引きこもっているようなものだと思っていたが、こんなに自然豊かなところにお住まいだとは思わなかった。
「えっと、実はここは私の別荘のような場所でして、普段は城の中にいます。でも今は休暇を取って、ここに滞在しているのです」
魔王がどうこうとか関係なく、会話が進んだことがただただ嬉しかった。
口調や話の内容から、緊張する場面でもないとは思っているのだが。
「へえ~……だからこの森に……」
するとシスカさんは、ぱんっと手を叩いて、笑顔を保ったまま、
「えっと、あっ、突然なんですけれども、お部屋をご用意させて頂きました。それで、宜しければ、こちらにいらっしゃってはいかがでしょう?」
と、魔王なのにさながら聖母が言うようなセリフを言った。
魔物に捕まったかと思ったらお部屋を用意してくれてるよ、わけわからないけど。
「え、い、いいんですか!?」
「勿論ですよ。ご所望であれば、色々な家具を取り揃えることも可能ですし、娯楽として色々な物を買い揃えることも出来ます!」
「あ、ありがとうございます! 今住むところがなくて、本当に助かりました!」
餌を目にした猛獣ごとく、俺たちはその話に二つ返事で了承した。
花香はシスカさんの手を握り、上下にぶんぶん振った。
シスカさんは若干苦しそうな顔をしていた。
「え、あの、僕もよろしいのでしょうか?」
「ええ! 仲間は多い方が楽しいですから! それに、拒否権は元からありませんでしたからね」
なんか裏がありそうなこと言ってる気がするけど、なんとかこれで生きていけそうだ。
ありがとう神様、スターフィッシュ教団検討させていただきます。
「あ、ほら、自己紹介!」
シスカさんは先ほどのスライムさんを見てそう言った。
「はい。改めて始めまして。私はミリアと申します。魔王であるシスカ様にお仕えしています」
「ミリア、毎回気になっているのですけど、そんなにかしこまらなくてもよろしいのですよ。あなたも気軽に名前で呼んで下さってもいいのですよ?」
「いえ……いけませんよ。あなたは魔王様なのですから……」
なかなかお堅い人、いやスライムだなあ。
「いくら剣で切れないほど柔らかい体なのに、芯がある方ですね」
……正直そう思った。
それはさておき、そんな素っ気ないミリアさんの反応を見たシスカさんは、俺たちの方を向いてこう言った。
「このような生真面目な性格ですけれども、意外と何でも許してしまうところがあるのですよ。ですから、あまり気配りなさらなくてもいいですよ。この前だって、膝枕をさせて頂きましたし」
「し、シスカ様っ!? いやっ、あのっ、そ、それは」
突然のカミングアウトに動揺を隠しきれないミリアさんを横目に、シスカさんは話を続ける。
「あと……敬語を使うのは堅苦しいので、なるべく使わないようにして下さいね? 私としても、使いたくはないので」
それだけ話し終えると、スライムらしくプルプル震えているミリアさんを無視して、シスカさんはにこりと微笑んだ。
「では、これからよろしくお願いしますね、皆さん。じゃあミリア、三人を部屋に案内してあげて」
「は、はい! かしこまりました」
「ミリア、もうちょっとだけ、かしこまらずに言って?」
「は……はい、分かりまし、た?」
「よろしい!」
ドギマギした様子のミリアさんは、すっと席を立って、
「では、私についてきて下さい」
と、俺たちを連れ出した。
気分はホテルのフロントで鍵を受け取って部屋に向かう時の感じで、ちょっとだけ期待している。
二階へ上る階段と廊下を通ると、ドアが両側に二つずつ、突き当たりに一つあった。
「こちらが皆さまのお部屋となります。一人一部屋でベッドとテーブルと椅子しかありませんから、ご要望があれば私に申し付けて下さい」
「じゃあ私は宥二さんと同棲もとい相部屋で」
と、花香が俺の左肩に手を添えて言ってきたので肘で脇腹を強く突いた。
「せっかく用意してくれたんだから、一人一つでいいだろ」
「だって……だって……ね?」
痛みにうずくまりながらも、もう私たちはラブラブカップル同然じゃないですか、とでも言わんばかりの熱視線。
その思いとやらを察知したのか、ミリアさんは丁寧ながらも優しく言う。
「勿論相部屋でもいいですよ。あと、お荷物は……」
「特にはありません。ありがとうございます」
早速ドアを開けて中を拝見。
内装はベッド一つテーブル一つ椅子一つ。
窓の外には庭園っぽいものが見える。
……もともと一人一つを前提としてレイアウトされてるから、ベッドは一つなんだよな。
ちょっと大きい気もするけど、大きいに越したことはないよな。
「わあ……結構ふかふかしてますね! 柔らか~い!」
「電気はやっぱり通っていないみたいだが、そこそこ暖かくて快適だな」
バッグを下ろすと、花香は即座にベッドに倒れ込んだ。
「あの、僕、自分の荷物取ってくるから」
「ああ、行ってらっしゃい」
手をひらひらさせてシャドウを見送ると、顔をふにゃあと弛緩させた花香が話しかけてきた。
「ついに始まってしまいましたね、私たちの異世界での生活が……苦節何週間、やっとこの時が来たんですね! 私があなたを視ている間ずっとずっと願っていた夢が叶うんですね! 感激です!」
もしやこの異世界での生活を予知していたとは言うまいな。
この騒動の主犯格だとは言うまいな。
「そうだ! このままぐだっているより、この建物を探索してみましょう! もしかしたら、武器とかがあるかもしれませんよ!」
その目は完全に罪を犯しそうな――もうすでに犯しているような気もするが――不気味な色をしていた。
先にもらえるかどうか魔王様のシスカさんに聞けよ。
「じゃあ武器庫を探しに行きましょう! 私たちの冒険譚はまだまだ序章ですよーっ!」
花香は意気揚々と、パレードの先頭に立っているかのように部屋を出ていった。
俺なんかよりも、あいつの方が全然勇者、というか主人公っぽいな……正直羨ましい。
あいつを放っておいて布団で怠けたい欲求を抑えて階段を下りると、シスカとミリアの会話が聞こえてきた。
「あの、シスカ様……何故先ほど、あのような根も葉もない事を仰ったのですか?」
「え? 違いますよ? ちゃんと根拠はありますからね」
邪な気持ちは一切全く微塵もないが、念のために聞き耳を立てて内容を聞いておく。
「だって、この前も武器庫から色々なくなっても、仕方ないって言っていましたよね?」
「それは……シスカ様が、いつもお許しになっているからで……」
やっぱり魔王の威厳がない魔王だ。
詰めが甘いと言うべきか、懐が深いと言うのだろうか。
「結局見つかったからよかったのですが……あなたがお許しになるせいで、私は強く諫める事が出来ないのです。このままでは、皆自分勝手な行動を取ってしまいますよ!」
魔王の側近として、ミリアほど適する者はいないだろう。
「ですけど、この前行った訓練では、皆さん素晴らしい動きでしたよ? きっとあなたの指導のおかげですね!」
「くっ……そう仰られては、反論の余地もございません……ありがとうございます……」
その上、優秀な部下がたくさんいる。
うん、何だかほんわかするね、こういう雰囲気。
「あと、今は誰も聞いてないんだから、いつも通りでいいんですよ?」
「……わ、分かりまし」
「すみません! お取り込み中申し訳ありませんが、ちょっとお時間よろしいですか!?」
突如、物陰で聞いていた花香が二人の前に飛び出した。
付きまとわれてそこそこの時間が過ぎたが、未だによくわからない彼女の思考回路。
あの頭の中はさぞスパゲッティなプログラムなんだろう。
「えっ!? あ、はい、どうかしましたか?」
突然の来客に体を跳ねさせるシスカと、顔を俯かせるミリア。
すみません、脳内ブラックボックスが本当にすみません。
「えっと、私たち一応冒険者として色々させて頂いてるんですけど、やっぱり武器がどうしても必要になってしまうのですよね! それで、その、今使っている武器はナイフとしては使えると思うのですけど、武器として使うには少しばかり力不足と言いますかちっちゃいというか何とおっしゃればよろしいのかと言った感じなのですが」
その後花香があまりにも遠回しで回りくどく言っていたため以下省略。
要約すると、「強い武器欲しいからよこせ」だ。
「なるほど。確かに冒険者なら武器は必要ですよね……」
「まさか、魔王様に反旗を翻そうとでもお考えですか?」
「いえいえ、護身用のものが欲しいんですよ。自分の身は自分で守る、ですよね?」
さも世界の常識であるかのように言ったが、そういうものなのか?
「護身用ですか……。はい!、それならば、早速武器庫に行きましょう!」
「え、あ、よろしいのですか?」
「私がいいと言えばそれでいいのですよ。さあ、こちらですよ」
シスカは椅子から下り、俺たちを手招きした。
意気揚々とついていく花香に引きずられるように、俺も「仕方なく」ついていった。
内心、何か強そうな剣があればいいなとは思っていたけども。
もしできればちゃんと合意の上で、必要なら書類にもサインしてから貰おうかとも思っていたけど。
「おお……やっぱり重厚だな……」
行き着いたのは、城門並みに分厚く見える両開きの扉。
これを開けるには何人必要なんだろうとか、どんな素材でできているんだろうと思っていたのだが。
「よいしょっ」
そんな扉はシスカの細く白い右腕で容易に押し開けられた。
こんな見掛け倒し、花香ぐらいしか引っかからないと思っていたのに……っ!
「おおー! すごーい!」
「ふふん、いかがですか? お気に召しましたか?」
目の前には規則正しく整頓された、豪勢な装飾がついた剣やら何やらがあった。
色彩は様々、形状も色々、恐らく強さも能力も十人十色。
しかも、どれも奇抜な形状をしていた。
奥に続く倉庫を見回しながら歩いていると、ある剣が俺の目にとまった。
刀身は真っ白というよりは青白く、柄に透明な石がついていた。
他にも興味を惹くものがあったが、これこそが一番手に馴染みそうだと直感した。
これは本当に、何の根拠もなく、何となく思っただけだ。
「あら、これがいいのですか?」
「あの、この剣って、どういうものなんですか?」
「その剣は、いくつもの亡霊が憑りついているのです。人間達に倒されていったモンスターの皆さん、モンスター達に倒されていった人間の皆さん、この世にまだ未練がある皆さん……。だから、取り扱いには細心の注意を払って下さいね。いつ暴走を始めるのかわからないので……」
とんでもない妖刀だった。
じゃあただの勘違いでしたねすみませんでした呪わないでください夜は安眠させてくださいただでさえ今夜はまともに眠れなさそうなんです。
「おや、こちらは?」
同じく物色していた花香は、興味深げにそれを見つめていた。
「これは魔法の杖ですね」
「あ、まあ、確かに魔法の杖、というかステッキですね」
シスカの言う通り、確かに魔法の感じというか雰囲気がある棒状の物体だし、魔力も込められていそうだ。
「これはとある遺跡の奥底で発見されたもので、能力は未知数なのです。もしかしたら、古代のオーパーツ、なのかもしれませんね」
遺跡の内部で見つかったのなら、相当すごい物だと思われてもおかしくはないだろう。
でも。
「金属製……なんですね。魔法の杖って、魔力が込められた木の枝とかが使われているんだと思ってました」
「ですが、この金属がどのような物質なのか、まだ判明していないのです。ですけども、私はこの杖からただならぬ魔力を感じるのです! まだ駆け出し錬金術師ですけど……」
あながち間違ってはいないけども……それ、完全に魔法少女的な方の、色彩豊かで派手な魔法のステッキだよな。
何となく既視感を覚えるようなフォルムをしていないでもない。
「……宥二さん宥二さん、これいかがですか」
「絶対やだ絶対やだ絶っっっっっっっっっっ対に嫌だッ!」
どうせ「ついでに女装しましょうよ! 絶対似合いますから~!」なんて言って強制的にあれやこれや……。
これ以上は考えないでおこう、シャットアウト。
「むう、似合うと思ったのに」
「俺に余計な考えを吹き込まないでくれ」
と、武器庫をある程度見回ったシャドウは、
「……今はまだ必要ないか。俺にはこいつがいるし」
と呟いた。
あの奇妙な物体で戦うなんて、こちらとしてはちょっと控えてほしい。
いっそのこと、魔法少女になって魔法だけで戦ってほしいなんて。
……あれ、シャドウさん?
「……うわあああああ!? い、いつの間に来てたんですかっ!?」
「え? ああ、荷物とはいえ少ししかなかったからな」
お前足速すぎるだろやっぱり人間じゃないだろ人間に擬態した何かだろ人間社会に溶けこんで人間っぽくふるまって色々するタイプの怪物だろ俺は知ってるんだぞ。
「それより君達、魔法は使えるのか?」
「……宥二さん、魔法って感覚で使えるようになるんじゃないんですか。教えてもらったらその場で使えるようになるんじゃないんですか」
「残念ながら、今の俺たちに魔法は使えないみたいだな」
「君達の世界には魔法が存在しないのか……。じゃあ、その代わりに科学が進歩しているのだろうか? なんてファンタジックな世界なんだろう……」
シャドウ、独り言が大きい。
厨二病患者みたいな名前しやがって。
夕食の時間、俺たちは最初の席に座って、運ばれてきた食事を頂いていた。
ちなみに、運んできたのは魔王様のシスカさんで、毎回の食事のうち一品は彼女自身で作っているようだが、他はシェフに任せているらしい。
とことん魔王っ気のない魔王だ。
「口に合えばいいのですけど……」
「いえいえ! すごく美味しいですよ!」
ちなみに、今日の献立は何かの肉と魚、そしてサラダ。
食べた感じ、鶏肉に似てる気がするので多分毒とかは大丈夫だ。
食べものなんて美味しければそれでいい。
「あ、宥二さんサラダどうぞ」
「サラダありがと……ん?」
花香が甲斐甲斐しく盛ってくれたサラダを見てみると、何やら赤い葉が数枚。
それはまるで紅葉している赤く染まっていて、少し食べにくいというか。
というか、下に黄色とか紫の色も垣間見えているんですけど。
この色合い、言葉を選ばずに言うと、毒々しいんですけど。
「……えっと、この葉っぱ、食べられるんですか?」
「ええ、食べられますよ。色んな味がして美味しいです。苺だったり、お肉みたいだったりします」
無駄にバラエティーに富んだフレーバーである。
サラダに入れずに個別に分けてから出してほしかった。
「じ、じゃあ、俺はこの赤いやつ……」
一体こいつはどんな味がするのかと、一枚を口に入れ、咀嚼する。
しゃく。
「肉の味だなあ……」
口の中にじゅわっと広がるジューシーな味わいは、完全に今食卓に出ている肉の味だった。
「なるほど、じゃあ私はこの紫のやつを」
俺に続いて、花香も紫の一枚を食べた。
「ん! ぶどうっぽい味がします!」
やっぱりこれ、デザートとして食べるべきなんじゃないだろうか。
それとも、この世界のサラダはデザートなのだろうか。
じゃあ次はこの……流石にヤバそうなピンク色で。
もしかしたら、次は桃の味かもしれないし、少なくとも食べられるはずだ。
あー……
「っ! ま、待って下さい!」
あむ。
「あっ……」
何だか甘い味がするが、俺の知る食べ物ではいい例えができない味。
人工的な甘味、とでも言えばいいのだろうか、そんな感じだ。
ん……何だか体が熱くなって……しかも、心臓が……。
「あの、あの葉っぱってどういうものなんですか? 宥二さんの顔が赤くなってますけど」
「え、えーっと、その……誠に申し上げにくいのですけれど……この葉っぱ、実は……少しドキドキさせてしまう効果がありまして……」
……やめとけばよかった、なんていまさら後悔しても段々その成分は回ってくるし……。
あれやこれやと思考を巡らせる間もなく、花香が詰め寄ってきた。
「宥二さん、このままでは色々とよくないことになってしまいます。ここは私にお任せください! 早速ベッドに行きましょう! ベッドで横になって安静になりましょう! もしいいのでしたら、わ、私も……えへへ……」
こういうことに関しては食いつきが早い花香。
「いいえ! この料理を出したのは私です! 私が責任をとり、あなたの看病をさせて下さい!」
そして責任をとろうとする魔王様。
二人の口論の火ぶたが切って落とされる様を横目に、ミリアとシャドウに会釈して退出。
「ち、ちょっと、何であなたが出てくるんですか! ここは私が、宥二さんと一番長くいる私が! 宥二さんを視ていなくてはならないのですよ!」
「いいえ! ここは私が責任をとるべきです! 私にさせて下さい!」
「……あのー、言いにくいんですがー……彼、もう部屋に戻りましたよ?」
「「……あっ、いなくなってる!」」
「まったく、何でこんな目に遭わなくちゃいけないんだ……」
気分を落ち着かせようと水を数杯飲んで、部屋に引きこもった。
月明かりが差し込む噴水を無心で見つめていたら、何となく心臓の鼓動も落ち着いてきたかのように思える。
自分の胸に手を当て、心臓の落ち着きを待つ。
ただ、こういう時に限って……
『宥二さん、お身体の調子はいかがですか?』
……あいつは空気を読んでくれないんだよな。
「もう少し休ませてくれないか。というか、お前を部屋に上げたくない」
『えっ、いや、でも、誰かが様子を見ていないと、万が一のことが起こったら……』
「今日はもう寝かせてくれよ。こんな世界に取り込まれて、精神的に参ってるんだ」
『じゃあ、なおさら同じく現実世界から来た私と一緒にいましょうよ。そうした方がまだ落ち着けると思うんです』
両者一歩も譲らない平行線の水掛け論。
こうなったら今までのように俺が折れるしかないんだろうか。
『とりあえず、入ってもいいですよね? 入りますね!』
俺の答えを聞かずに、ドアノブを捻って部屋に押し入ってくる花香。
「はあ……ほんと、お前って奴は」
「これでこそ私、如月花香という人間ですよ」
ふふん、とわざとらしく誇らしげに小振りの胸を張
「今私の胸について何か言いました?」
「何も言ってないです。何も言ってませんです」
花香の光彩なき鋭い目線から目を逸らし、窓の外のいつもより大きく見える蒼い月を見上げたが、異世界だから月じゃないかもしれない。
「それで、体調の方はどうですか?」
「ん? ああ、特にドキドキしたりとか、そんな事はないけど」
「そ、そうですか。それは、よかったですね……」
「あからさまに口を尖らせやがって。かなり残念そうだな」
「そ、そんなことはありませんよ? その、絶好のチャンスだなんて思ってませんからね?」
嘘がとことん苦手な、自分に正直な花香。
こんな奴と一夜を共にしたら何が起こることか。
そういや、出会った頃からスライムに匹敵するほどに粘着質な奴だった。
「……よくもこれだけ否定してるのに彼女ヅラできるな」
「そうじゃないと、他の女がすり寄ってくるじゃないですか……。だから、あなたをほかの人に盗られないように、あなたを守っているんです。感謝してくれてもいいですよ!」
愛が強すぎる上に真面目で面の皮が厚い。
心の底から憎めない、妙にイラつくけど本当に切れるほどでもない、絶妙な性格だ。
「って、まさか、今まで俺にモテ期が来なかったのもお前のせいなのか!?」
「え? …………え、ええ! そうですとも! 私が宥二さんにすり寄ってくる他の女を遠ざけていたんですよ! はい! ……って、あ、あれ? 宥二さん、ちょっと目が潤んでませんか?」
「……あくびのせいだ」
「あ……で、でも、ご安心ください! 私がいますから! 宥二さんが私ルートに入る前から好感度青天井登りですから!」
「登るのは青天井じゃなくうなぎだ」
あとそんな恋愛シミュレーションゲーム、他ルートに進めなくてメインヒロインが嫌いになるタイプの奴だろ。
「とりあえず、今日はもう部屋に戻れ。出ていかなかったら極刑な」
「……はい、今日はもう帰ります。おやすみなさい」
突如襲来してきた花香はごねることなく案外あっさりと出ていった。
入学式の時、あいつに少しでも可愛いと思ってしまった自分が憎
「今私のこと可愛いって」
「言ってねえよ! さっさと戻れ!」