2.森の奥の魔物たち(全力他力本願)
「「お願いします! 俺たち(私たち)をここに置いてください!」」
「…………えっ?」
怪物と遭遇することもなく、道に迷い遭難することもなく、それらしき洞窟に無事たどり着いた。
薄気味悪く、デカい蜘蛛か何かが巣食っていそうな雰囲気をかもし出している。
中は暗かったが、すぐにシャドウが出てきたので、速攻でダブル土下座をかました。
ごつごつした岩が当たって足ツボどころじゃないよ刺さってるよこれすごく痛いよ悶絶だよ。
「お願いします! メイドでも奴隷でも家畜でもいいんです!」
「家事でも育児でも仕事でもやります! だから、どうか!」
「……って、早く立て!」
シャドウに促され、やっと痛みから解き放たれた。
大丈夫かな、血出てないよね?
「それで、ここに置いて貰いたいとか何とか言ってたみたいだけど……」
「「お願いします!」」
「正直、わ……僕以外の人がここに来るなんて想定してなかったから、何にも無いんだけど……」
「「お願いします!」」
「ほら、頭上げて。それで、こんな所だけど、いいのか?」
それってつまり了承ってことでいいんだな!?
「「ありがとうございます! これからよろしくお願いします、師匠!」」
「こ、こちらこそ……いや師匠って何!?」
シャドウはなぜか引き気味だったが、何はともあれ衣食住の住を確保できたのは大きい!
何だか謎に包まれてもはや謎自体ってくらい謎な人だけど、こんな人が悪い人だなんてありえないでしょ!
うんそうだ絶対ありえないね!
「じゃあ、君達の荷物を」
「「はい」」
俺たちは二つのバッグを地面に置いた。
「……これだけ?」
頷く俺たち、俯き頭を抱えるシャドウ。
あれ、俺たちなんかまずいことしちゃったかな。
「あまり人に聞く事じゃないかもだけど、所持金は?」
笑顔でシャドウを見据え続ける俺たち、再び頭を抱えるシャドウ。
やっぱりおかしいことしちゃってるのかな。
「君達はどこから来たんだい?」
え、これ言っちゃってもいいのかな。
花香の方を見ると、花香もこちらを見ていた。
深淵かよお前。
「どこから……遥か彼方から……来たというより、飛ばされたというか……」
「うーん、具体的な場所は分からないけど、あまりこの辺りの地理は知らないのかな。それに、一文無しでここに……」
納得いかない様子のシャドウは、顎に手を添えて考え始めた。
何か睨まれているような気もするが、別の世界から来ましたって言っても信じてくれないだろうし、こういう事は普通言わないよなあ……。
「異世界転生なんて、非現実的ですもんね。まあ、現に転生しているんですけども」
「転生じゃなく事故だろ……あっ」
やべえ、口が滑った。
いや、先に言ったのは花香の方だから、俺悪くないから。
「今……転生と言ったのか? まさか君達は、こことは違う世界の住人だというのか?」
「……ば、バレてしまったものは仕方がないですね。赤裸々に話してやろうではないですか」
「えっ、何その口調……そう、俺たちはここじゃない世界からやってきたんだ」
「ええ。とは言っても、その、不慮の事故でここに来ただけなんですけどね」
「なんだ、そういう事か。だったらこの世界の事も知らないんだろうな」
あれ、妙に納得してくれてる。
それはそれで気楽で良いのだが、何か思ってたのと違う。
「それじゃあ……どうしようか……」
すごく困ってる、本当にごめんなさい。
全部花香が学校なんちゃら不思議とかいう変な噂を確かめようとしたからなんですよ、あいつが騙されやすいから。
「あっ、そうだそうだ、この森の中に廃墟があるんだ」
「「廃墟ッ!?」」
目を光らせ、話を聞く俺たち。
「ああ、遥か昔は城の一部だったんだが、魔王軍との戦争の後に棄てられたんだ。もう今は野良の化け物が棲みついているだろうけど、まだ残された武器やら装備やらがあるかもしれない! それを奪ってきたら、君達も少しは戦えるようになると思うぞ!」
「「おおー!」」
いや~やっぱりシャドウが何とかしてくれるんだな~!
頼るべきは友達なんだな~!
「まあ、そこに辿り着くまでに襲われなかったら、の話だけど……」
「「…………」」
何でそういうネガティブな事言っちゃうんだよ。
「ま、そのときは、よろしくお願いします……よ?」
「僕任せなんですか。勿論、可能な限りは」
心配させてくるなあ……。
「じゃあどうする? 今すぐ行くか?」
「善は急げという言葉があるんですよ」
「じゃあ俺は果報を寝て待ってるんで」
「種を蒔かずに果報?」
はいはい、皆で行けばいいんだろ、早速その廃墟の位置を教えやがりくださいませんか。
……そうだ、シャドウが単騎突撃して、装備だけかっさらってきてくれたらいいのでは?
「……悪い顔になっている君に言うけど、僕一人だけなんて無理だからね?」
ですよね、そう言うと思った。
「三人で行くとはいえ、最低限の装備を整えておかないといけないだろう。一応それくらいのアテはあるんだ。まだ日が高いから、夜まで待たないといけないけど」
あ、なんだ、装備あるんだ。
「夜じゃないと駄目なんですか?」
「夜じゃないと絶対駄目、というわけではないんだけれど、そっちの方が好ましいからね」
それってどこかに侵入して奪ってくるってことですか。
「……ただ、君達が夜は嫌いだとか、そんな長い時間待てないというのなら、今からでも行けるよ。緊急事態だしね」
「おっ、じゃあ早速行きましょう! んで、どこに向かうので?」
「ここから少し離れているんだけど……」
最初の街から歩き続けること大体3,40分。
何やらさっきの街より厳格な城壁が、そしてそれに囲まれそびえ立つ巨大な城。
ヤバい、マジヤバい、足がすくむくらいヤバい。
隣の花香とアイコンタクト、こいつはヤバいと伝え合う。
「正規の方法だと入れないから、脇道を使うぞ。ほら、こっちだ」
ちょうど草木が生い茂っていて隠されていた、少し崩れた壁の穴を通り抜ける。
それよりも、山の中の洞窟に住んでるこいつが、この城に悠々と入っていってて違和感がすごい。
「君達が入れるのは、ここの城下町までだ。僕にはついてこない方がいい」
確信、やはりそういう事だ。
再びアイコンタクト、花香と頷き合った。
潜入ミッションなんてゲームですらしたことがないから、大人しく待つしかなさそう。
「じ、じゃあ、頑張れよ」
シャドウは左手を振って、城の方に走っていった。
花香とシャドウの背中を何度もきょろきょろ往復して見た。
「なあ、これからどうする?」
「し、心配する必要はなさそうですよ? だって、あんなに優しくて真面目そうな人でしたし……」
お前が言うのなら、大丈夫だよな、きっと、そのはず。
「……じゃあこの街で散策でもしてるか」
「え! これってもしかしなくてもデートというですか!?」
「そんなのじゃない! それに、散歩するしかやれる事はないからな……」
「それでもいいですよ! じゃあ行きましょう!」
ぎゅっ。
「ち、ちょっと待て! 突然走るんじゃない! 手引っ張るな!」
完全に彼女面して花香が俺の手を引いている。
何でこいつは周りの目を気にせずにいられるんだ。
俺なんて、恋人みたいに見られてそうで恥ずかしいし、恋人みたいな事してるお前が腹立たしいし。
どんっ。
「痛っ! 突然止まるなよお前!」
「あれ、もしかして教会ですかね?」
俺の体当たりを背中に食らっても全く痛そうな素振りを見せない彼女は、ある派手な建物を見つめていた。
「あ、ちょっと見学してみます? もしかしたら近い将来、ここで式を……というか、何かの用事があるかもしれませんから」
「じゃあ遠慮して」
「はーい強制入場~」
一体どんな宗教なのだろうと内装を見てみるが、怪しいところは特に見受けられなかった。
ステンドグラスとか、長い椅子とか、講壇とか。
科学的に理解できないことに巻き込まれてしまった今、神に救いを求めるほうがいいかもしれない。
もしかしたらいつか助けがくるかもしれない。
この宗教がどんなものなのか、後でシャドウに聞いておこう。
「……宥二さんとお付き合いできますように……」
神頼みって自分の願いを叶えてもらうことじゃないから。
でも、何だか安心感を得られたような気がする。
仲間、装備、そしてこれからについても不安があるが、少なくとも絶望と言うほどではなく、むしろ希望とも言えるくらいだ。
俺は無理やり自分の口角を吊り上げた。
「あ、宥二さん、もしかして私との将来について考えてにやけちゃいましたか?」
歯ぎしりで痛くなっても口角を上げ続けた。
「……目、覚めました?」
「……あ、おはようございます」
「おはようございますって……君達ずっと寝ていたよね?」
路地裏で座って待っていたら、いつの間にか意識を失っていつの間にかシャドウに肩を揺さぶられていた。
どうやら装備の準備ができていたらしい。
「最低限でいいと言ったから、魔力も装飾もない普通の軽装だ」
シャドウが用意してくれた装備をなんとか着てみた。
若干の重さはあるが、防寒具を着込んだときよりは機敏に動けそうだ。
一応硬くて防御力はありそうだが……不思議な素材だ。
流石異世界という事で、深いところまで探求したりはしないでおこう。
消されるかもしれないし。
「これで、やっとその廃墟に行けるようになりましたね!」
ほとんどはシャドウが色々してくれたおかげで、俺たちは何もしてなかったけど。
「「というわけで、お願いしますよ!」」
それはもちろんこれからも続いていくだろう。
「はいはい……」
半ば呆れながら、シャドウは手招きして俺たちを連れ出した。
「そういえば、さっき街で見かけたんだけど、あの宗教って何なんだ?」
「あー、あれか……」
「…………」
……何も言わないじゃん。
もしかして愚問だったか、それともとんでもない宗教だったか。
「……あの宗教は、この国の国教だよ。ほとんどの人が信仰していて、その教えは広く知れ渡っている。でも……」
俺たちのゴクリと唾を飲み込む音が同期する。
「……その教えというのが……その……ま、まあ、き、君達にとって役立つ物だと思うよ」
「え、私たちがですか?」
「そう。えっと、確か……恋愛は自由であるべきとか、結婚したら墓場までとか……人の恋愛についての言及が多くて……」
突如、体の震えを感じ、横を見た。
花香の表情は、それはそれは華やかで美しい笑顔であった。
それはまるで、懺悔を終えた一人の敬虔なる使徒であった。
ああ、いつも今みたいな君だったら、俺も気が楽なんだけど。
……でも、俺の体の内から湧き上がるこの妙な緊張は何なのだろう。
「宥二さん!」
「あ、は、はい!」
聖母如き優しさを孕んだ声色で、彼女は俺の耳元でこう囁いた。
「……ずっと一緒にいましょうね? 絶対に逃がしませんから」
身の毛がぶわあっと逆立った。
「君達……あの、廃墟には行かないのか?」
シャドウが申し訳なさそうに、そして距離を取って離れて見ていた。
……ごめんなさい、この変な奴のせいで。
「ごめんなさい、私の婚約者が可愛くて、つい」
「……お幸せに」
再び再び森の中に戻っていく俺たち。
やっと、ついに探索ができるようになった。
苦節数時間、俺たちは謎に包まれた森に足を踏み入れた。
「油断はするなよ。誰もここに道を通そうとしなかった。それが何を意味するか、分かるよな?」
「「環境保全ですね」」
「…………」
「……モンスターが凶悪だからですかね?」
「そ、そうだ。手を出せば何をされるか分かった物じゃない」
それにしても、スライムっていないのかな。
仲間にしてぷにぷにしたりなでなでしたりするのが俺の夢です。
「それに、ここでは特にスライムが強力で……一度触れたらその粘着力でひたすらに体力を奪ってくるらしいんだ……」
でも異世界はスライムだけじゃない、もっとたくさんいるはずだ。
全員仲間にして和気あいあいするのが俺の妄想です。
「他にも多くのモンスターが潜んでいる。警戒を怠るな」
「ふ~ん……あっ、噂をすれば……」
花香の目線の先を見ると、日の光を反射して輝く何かが見えた。
戦闘開始。
「危ないから下がって」
「俺が行く!」
「!? ちょっと待て! 僕の話を聞いていなかったのか!?」
忍び足で近づいて、短剣で一気に行こう。
物音を立てないように、静かに……。
ガサッ。
「あ」
「え」
……やっぱり、森の中だと無理があったよな。
「……あら、侵入者?」
輪郭が定まらない不定形な体、透明で奥が透けて見える体。
上半身は人の形をして、長髪の女性の姿をしている。
言うまでもなく、俺がさっき言ってたスライム、それも人型のやつだ。
個人的に重要な事なので言っておくが、色は紫である。
「戻れ! 君だと太刀打ち出来ない!」
「皆さん! 三人も来ましたよ!」
それを鶴の一声に、どんどん森の奥から現れるモンスター達。
武器を持ったものや、腕っぷしが強そうなものまで。
「宥二さん! いったん引き返しましょう!」
「あら、逃がしませんよ!」
花香の「逃がしませんよ」と意味が全然違う!
というか、これ囲まれてるじゃん!
袋にすっぽり収まっちゃったネズミじゃん!
でもとりあえず、攻撃はしなくては。
「宥二さん、私思うんですけど」
剣を抜いて大きく振りかぶり、スライムに突き刺した。
「スライムって物理攻撃効かないんじゃないですか? だって柔らかそうですし」
「……確かにそうだ」
スライムの体は切れはしたが、表情から察するに全くダメージは通ってないようだ。
ゲームのスライムって結構弱体化されてたんだなあ。
じゃあもうシャドウに頼るしか……
「うおおおおお!」
「花香っ!?」
突如、花香がスライムに飛びかかった。
スライムは俺に気を取られていて、奇襲攻撃に全く気づいていなかった。
これならスライムを倒せ……
「ぐにゅっ!」
「…………あ?」
「ん~、ひんやりしてるしぷにぷにむにゅむにゅで気持ちいい~! ずっとこうしてたいです~!」
……武器を持っていなかった時点で感づいてはいたが、本当にやるなんて。
まあ、その、なんだ……俺も同じことは思ってた。
「後は任せたぞシャドウ」
「あ、倒さないで仲間にできれば最高ですよ!」
「……う、嘘だろ君達っ!?」
スライムの魅力に捕らわれ、とうとう完全に逃げられなくなってしまった俺たち。
死ぬのは勘弁だけどこのままでいいのならこれでいいと思っていると、シャドウがため息を一つ漏らした後に口を開いた。
「……僕はどうなってもいい。捕虜でも奴隷でも、何なら殺したっていい。この二人だけでも見逃してやってくれないか」
思わず、はっと息を呑んだ。
こいつは何を言っているんだ、死んでもいいのか?
俺たちが言えたことじゃないけど。
「駄目だな。せっかく一網打尽にできたんだ、手柄は多い方がいいだろ?」
スライムの代わりに虫っぽい殻をまとうモンスターが言う。
「そうか。それなら、この後僕達がどうなるのか、教えて貰う事は出来ないかな?」
「ふむ……それは魔王様の指示次第ですね。魔王様が殺せと仰るのなら殺しますし、拷問に掛けろと仰るのならそうします。勿論、解放するかどうかも魔王様次第です」
魔王様……えっ、これから魔王のところまで行くんですか。
歩きたくないので馬車か何かに乗せてもらえたらいいんですけど。
「じゃあ仕方無いですね。大人しく囚われる事にします」
肝心なシャドウがこんな調子だし、今のところ俺たちは手も足も出ない状況だ、大人しく従おう。
「わかりました。皆さん、下がって下さい。今から連れていきます。抵抗しないように」
シャドウはさも当然かのように、スライムの後ろについていった。
周りはモンスターたちに囲まれている。
何らかの罪を犯して連行される気分だ。
ただスライムをぷにぷにしただけなのに。
歩いているうちに、だんだんと建物が見えてきた。
「あれが、例の廃墟ですかね?」
「それにしては、結構整備されているよな。モンスターたちが棲んでいるって聞いたけど」
俺は崩壊した建物を想像していたのだが、建物は結構修復されていて、ちょっとした装飾まで施されている。
付近にはモンスターが数体いたが、俺たちの姿を見て横に避けた。
スライムが扉をノックした。
身体はぷにぷにしていたが、音はちゃんと鳴った。
「失礼します」
建物内はとても綺麗で、城の食事会場を思わせるような大きなテーブルが設置されていた。
そしてその中で一つだけ、並べてある椅子とは違う、そこそこに豪華な玉座がある。
……魔王さん、ここにいらっしゃったんですね。
「では、この椅子に座って下さい」
言われるがままに席に着く。
横目でシャドウを見る。
……何だか、呆気にとられたような顔で部屋を見回している。
困惑を隠せずにいるようだ。
「あの、私たち、捕まったんですよね?」
「そのはずなんだけど……歓迎されてる気がするんだよな」
普通、こういうときは牢獄にぶち込まれるのが常道ではないだろうか。
違和感のせいで落ち着かずにそわそわしていると、廊下から先ほどのスライムが現れた。
その後ろには……
「魔王様……魔王様? 大丈夫ですよ、敵意はありそうですけど、私がついていますから」
……なかなか出てこない。
いや、もう斬りつけようだなんて考えてませんから。
この一瞬で心を入れ替えました、もう絶対に歯向かいません。
「ええ、深呼吸、しましょうか。吸って……吐いて……吸って……吐いて……」
この魔王、大丈夫なのか?
というか、本当に魔王なんだよな?
「……お待たせしました。魔王様、どうぞ」
それでも相手は魔王、モンスター界を統べる王だ。
姿勢が乱れていないか確認し、気を引きしめる。
そして、ついに、魔王がその姿を見せた。
「あ、あの、初めまして。私が、魔王のシスカと申します……」
おどおどしながら、彼女は小さく、俯きながら呟いた。