12.異世界と異世界(天国と地獄?)
「……ってことがあったんですよ! また行きたいですね~」
「そんな事より、図書室の禁書に手を触れた事について、言うべき事があるはずだが?」
「悪いのは勝手に書庫に入った花香です」
「楽しかったです!」
反省の色を一切見せずに屈託なく笑う花香と、それに呆れる友人、佐久間安威。
そんな笑顔につられてか、同じく笑みを浮かべる友人、蒼空真希。
「宥二、こいつ一回ぶん殴っていいか? クソ腹立つんだけど」
「ひいっ!」
「駄目だ、俺が殴る」
「私を傷物にしたら、どうなるかわかりますよね!? 責任取ってもらいますよ!?」
「「…………」」
傷物ってそういう意味ではないし、今の時代その言葉は使われないだろうと思う。
それと、そう言いながら俺に熱い視線を向けてくるな、俺が他人を殴れる人間だと思ってるのか。
「でも今は先に家に帰りたいよ。やっと現世に帰ってこれたんだし」
「あっ無視……はい」
やっと現実世界に帰ってこれて、緊張がほどけて体をテーブルに預けている。
正直、さっさと帰ってお布団に埋まっていたい。
それと、花香と距離を置きたい、物理的に。
「とはいえ、生徒の皆さんに私たちのことがバレると厄介ですよね」
「まあな。因みに、お前らの事は病欠扱いになってる。親も事情を話したら分かってくれたぞ」
「話の分かる方々で助かったよ~」
「「わかってくれたんだあ……」」
変な本を隠し持っているこの学校も怪しいが、それで納得する親にも疑念が生まれる。
それか、この佐久間安威が蒼空真希や他図書委員と結託して嘘をついているだけか。
多分ない、と思いたい。
「ところで! そろそろ私達の話も聞いてくれる? 久々に会えて、話したい事が山ほどあるんだよね!」
「図書委員になってるのを見ると、やっぱりそうなんでしょうね。その前に、質問に答えてもらいます。あの本、一体何なんですか?」
「あ~あれね~、はいはいはい……」
と花香が言うと、二人は他の図書委員たちと集まり、何やら密談を始めた。
全部聞こえてるけど。
「委員長、あれって結局どういうものなの?」
「えー、あれ自体がもう一つの世界というか……あの本が創り出した世界と繋がるある種のトンネルのような物というか」
「……説明下手」
「ていうかあなた達、あの二人と友達だったの?」
「そうだな。中学の頃プリント届けてくれたり、たまに遊んだり」
俺が丁度勉強してる時に限って家に押し入ってきたり、テスト当日だけ学校に来て「今日の範囲どんな感じ?」って聞いてきたり、その割に高得点だったり。
幼馴染ってわけでもない、大していい思い出もない。
「花香ちゃんと宥二さんのお陰で、高校生活も楽しいし!」
「ふふふ、仲が良いのは良い事じゃないか。見ていて飽きないよ」
「さっさと付き合っちゃえばいいのに……ね!」
「ですよね~!」
こいつら、耳が痛くなることばかり言いやがる。
重々承知だって言い返したい気持ちをぐっと飲み込んだ。
「……で、結局あの本は何なんですか?」
「我々にも分からんッ! 以上だッ!!」
ガタタタ、どさっ。
本棚から本を何冊か落とすほどの威力。
「あんたはいっつもうるさいのよ!」
「……空気どころか、この図書室全体が揺れている」
委員長、声大きすぎます。
物理的に耳が痛くなりました。
あなたみたいな人、もう一人知ってますよ。
「そうだ、今魔法は使えないのかな? 話によれば、ファンタジーでは定番の魔法が溢れる世界だったようだが」
「えっ。……あ、えっとですね、こここの辺りにはまま魔力がたた足りないというか、あの、あれですあれ! MPっていうやつがちょうど不足してるんです! さっきいっぱい使っちゃいましたしね! あはは~」
「そうなのか。なら少し休めば回復するだろうな」
「そうですね~あはは~……危なかったー……」
そこまで焦るほどの質問じゃないと思ったが、花香の魔法って女児向けアニメのやつだったか。
俺には隠さなくていいと思ったんだな。
うーん……いやいや、深くは考えないでおこう。
「それでねーそれでねー! 私達もそういう所に行ってきたんだよねー! そしたらー! 機械で出来た人とか、SFチックな武器とかが沢山あったのー! 凄く楽しかったよー!」
「まるで遊園地みたいだな」
「全然。むしろ地獄みてえなとこだった。力を持つ奴だけが生き残り、力の無い奴は死ぬだけだ。あそこはとにかく人が死にすぎてて、感情も無くなっちまうよ」
異世界とはいえ、俺たちがいた世界とほぼ真逆のようだ。
あの時もう片方を選んでなくて本当によかった。
「でさ! 今度私達にも魔法を教えてくれないかな? 色々役に立つと思うんだ!」
「いいですよ! 透視とか透明化とか、服を脱がす魔法とか……ぐへへ」
何か聞き捨てならない事が聞こえた気がしたが、きっと幻聴だろう。
「魔法か。もしあの世界でも使えるんなら……よし。皆、明日は禁書βの調査をしよう! 君達も協力してくれるか?」
「え? いや、まあいいですが」
突然、委員長はそう言い放った。
気圧されるままに頷くことしかできなかった。
魔法って言ったって、流石に委員長たる人が私利私欲のためなんかに使うわけがないだろう。
「ありがとう! それじゃあもう今日は解散だ! 明日に備えて今日は早々に帰宅して寝よう!」
「あ、普通に帰っていいんですか?」
「……今の時間なら、文化部は居ない筈。外に出ても顔までは気付かれないと思う」
「おっ、じゃあ帰りますか!」
花香はそう言い、バッグを背負って俺の手を握った。
「一緒に帰りましょ?」
「わ~い、って言うとでも思ったか変態ストーカー」
グググググ……。
「一緒に、帰りたい、ですよね? ね?」
「痛い痛い骨折れるわかったからやめてくださいお願いします」
こいつ、ついに胸いじり(物理的にではない)せずともこんな怪力を行使してくるとは。
魔法がなくてもフィジカルでなんとかなるんじゃないのか。
「安威ちゃん、はい」
「何だその手、捻り潰すぞ」
「そうじゃなくて、手繋ご!」
相変わらずお熱いことで。
懐かしさを感じる街並みを歩き、久々に文明の利器というものを体感した。
何気なく取り出したスマホから数日分の通知が溢れ出したり、道行く車の騒がしさや草木の少なさに驚いたり、空気が不味かったり。
花香の拘束から抜け出し、本当に久しぶりの開放感を堪能する。
肝心の親はというと、
「実はお母さん、その本の事知ってたの。私も母校でもあるし、それに図書委員だったし」
「うっそーん……」
そもそも禁書の存在自体を知っていたという。
落胆したというか、もっと早く教えてくれればというか。
そんな事よりも俺が気になったことが。
「でも当時は、本は一冊だけだったし、殺伐とした世界でもなかったはずなんだけど……」
なにそれこわい。
その夜、誰にも邪魔されることなく自室で就寝しようと思っていたが、何故か眠れない。
異世界にいたときは花香や霊剣に邪魔されたりしたからか。
いざ一人になるとやっぱり寂しいのか。
……よし、明日から本気出そう。
翌日、謎は謎のまま登校
「おはようございまーっす!!」
しようと思ったら、玄関前にストーカーが待ち伏せしてた。
「おはよ。やけにハイテンションだな」
「えへへ、今までずっと朝起きたら宥二さんのご尊顔を拝めてたので、玄関前で待機してました!」
「正直俺も物足りなかったんだ」
「今結婚してくださいって言いました?」
「ごめん今のは俺が悪かった」
花香の高感度アンテナに慣れすぎて、言い過ぎたときは自分でわかるようになってしまった。
何も間違ってはいないんだけど。
「ところで、宥二さんも私と距離を置いたことで、考えがまとまったはずですよね? もちろんこれからの私たちの関係についてですよ」
「若干上から目線な気がするけど、花香の言う通り考えてはいたよ」
「というわけで! まず手を繋ぐところから始めませんか? それからハグやキス、そしてお泊りに朝チュン、果ては入籍して結婚式で誓いのキスを!」
「考えは同じだけどそこまで考えてなかった」
「そうでしょうそうで……えっ、考えてくれてたんですか!?」
さっき言ったじゃん。
あと体の動きがいつもの二割くらい大きい。
「今まで俺から何もしてなかったし、これからは俺も頑張るよ。ただその、告白はもう少しあとでもよろしいですかねー……」
「は、はい! もちろんです! じゃあ早速手繋ぎましょう! 恋人繋ぎでですよ!」
もし花香が犬だったら、尻尾を振り回してどこかに飛んでいきそうなくらい嬉しそうな顔を見せた。
撫でまわしたろか。
「はぁ~、好き~っ」
この間ずっと羞恥心を押し殺し続けた。
手汗でびしょびしょになってた気がする。
学校が見えてくると、やっと手を放された。
友達たちの中には怪我や病気を心配してくれるやつもいたが、どうやら今は「二人で新婚旅行に行っていた」説が濃厚らしい。
そこに話を聞いた花香がやってきて、
「宥二さんと私は何度も熱い夜を過ごしたんですよ!」
と首を突っ込んでくるのが今日だけで十回ほど。
勘弁してくれ、いや勘弁してくださいお願いします。
そして時は流れ、放課後に。
「準備は完璧だな?」
「「「はい!」」」
「YES!」
「……はい」
図書委員は全員、近未来的な装備を着込んでいた。
その手に持っているのって、銃ですよね。
平和的な世界がこいつらの手で破壊されてしまうのではないかと、俺たちの心に不安がよぎる。
更には一人、花香に匹敵するほどハイテンションな男が一人。
ちょっと髪長めで、言うなれば中性的だ。
当然ながら腰に拳銃を装備している。
世界一危険な図書委員会、ここに在り。
「では、行きますか!」
『おーっ!』
わずかな不安を抱えながら、俺たちはまた摩訶不思議な世界に飛び込んだ。
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