11.ただいま(そしておかえり)
「「「着いたー!」」」
「いや~、大変でしたね。途中宥二さんが私に抱きついてきたときなんて、もう家族四人で幸せに暮らしている未来が見えましたし」
「俺は逆に何も考えられなくなったけどな」
目の前に出てきた蜘蛛に驚いただけなんだけど。
それはさておき、やっと都市に到着したようだ。
城壁に囲まれているのはこの世界では普通なんだろう。
「シャドウ、そろそろ起きろ。着いたぞ」
「うう……あれ、いつの間に着いて?」
「ノーラン、君も目を覚ますんだ」
「ふあぁ……もう朝なの? みんなおはよ~」
「おはよ~、じゃないのよ。いちいち幽霊が見えただけで気絶しちゃって、僧侶としてどうなの?」
「えっ、幽霊!? どこどこどこ!?」
「え、えっと、そこに……」
俺は幽霊じゃない、とジェスチャーで表現してみる。
それでも青ざめた顔は変わらず、ぐぬぬ。
「勇者、こんなパーティーでいいのか?」
「確かに憶病だったりするけど、ちゃんと実力はあるんだよ」
「さっきまで気絶してたのに?」
「それは君があの剣に乗っ取られたからだろう! 僕も本当に驚いたよ」
「僧侶ならあの剣どうにかしてくださいよ! 私の婚約者なんですよ!?」
「そ、そうですよね! では早速除霊を!」
「いいや、ちょっと待ってくれ。……いいか、彼女の手にかかれば、お前なんて一瞬なんだからな? もう二度と勝手なことはするなよ?」
彼の首根っこ――というか柄の部分――を掴んで威圧をかける。
が、一言も発さずだんまりしたままだ。
こんな時だけただの物体になりやがって。
「ところで、前言ってた専門家? っていう人はどこにいるんだ?」
「専門家……あっ、確かにそんな話もありましたね。ともかく今日はお城に行きましょう。まずは引っ越しを終えてから、です」
「そういえば、私たちはこれからどこに住めばいいんでしょう?」
「大丈夫ですよ。きっとミリアがあっという間に用意してくれますから!」
「シスカ様!? いくら私でも限度というものが!」
何気なくいつもと同じじゃれ合いを眺めながら、おぼろげな表情のシャドウに話しかける。
「シャドウって、今までずっとあの洞窟に暮らしてたのか?」
「うーん……いや、かつては普通の民家で生活していた。何故あそこにいたのかは、色々と訳があってね」
「謎、ですね」
「他にも、今持ってるあの結晶体みたいなやつは何なんだ?」
「あれは僕が子供の頃、山の中で見つけたものだ。思えばあの時から……いや、何でもない」
「幼少期の思い出の品、ということですね?」
「端的に言えばそういう事だろう」
怪しい、あまりにも怪しすぎる。
身元不明、謎の物体を所持、その上化け物のような身体もある。
これで裏がない方がおかしい。
顎に手を当てて凝視する俺たちに、シャドウがぎょっとした。
「最初の二つに関しては私たちもそうですけどね」
「……確かにそれはそうか」
あれこれ話しているうちに、気づけば魔王城の正門前に。
別に魔法的な保護があるわけでもないようだ。
観音開きの扉に入ると、マントを羽織った大男が出迎えた。
「お帰りなさいませ、シスカ様、ミリア様」
「ただいま~!」
「出迎えありがとう」
「そして、あなた方が噂に聞く人間さん達ですね。話は聞いてますよ」
「初めまして! 如月花香です!」
「初めまして、新山宥二といいます」
「シャドウです、よろしくお願い……ん?」
突然、彼は訝しげな表情を浮かべた。
「何故僕たちのことを知っているのですか? 始めてお会いした時は、二人の事はお伝えしていませんでしたが」
「ああ、それはな」
大男は後ろに振り返った。
そこにいたのは、この前魔王の別荘に訪れた謎の男だった。
「僕が伝えてあげたんだよ」
「まさか、もしかしなくても私たちがしたこと全部知ってるんですね? 私と宥二さんがいい雰囲気になってたのも!」
「別に俺たちはそんな事には……なったかもしれないけど」
「彼に怖い顔で尋問されたと聞いたが」
全員がシャドウの顔を見た。
ばつの悪そうな顔をして、目線を逸らした。
「彼に関する事を隈なく吐かせようとしたらしい」
「シャドウさんってそういう事しそうな人ですよね」
「俺も彼ならいつかやりかねないと思っていたよ」
「き、君達!?」
急にはしごを外されたシャドウが狼狽する。
追い打ちをかけていく花香に便乗する俺。
「こんな年端もいかない男の子に悪行を働いたんですよ!?」
「いや、あの」
「子供にも容赦ないとか、人としてどうかと思う!」
「ち、ちょっと言いすぎですよ! それに、その……」
「……これでも僕、成人済みなんだよ!!」
その小さな体躯のどこから発されたのかわからない絶叫に、誰もが自分の耳をふさいだ。
そういう魔法かもしれない。
「はあ、冷静に考えてみてよ。普通未成年にこんな重要な仕事任せると思う?」
「でも私そういう小説を読んだことがありますけど」
「フィクションと現実を混同するな。まあ自分でもそう思ったけど」
「とーにーかーく! 僕はちゃんとした大人! いい?」
腰に手を当てて、頬を膨らませて、更にその上目遣い。
性別すらわからなくなってきた。
「そうなんですね~。よしよし~」
「君完全に子ども扱いしてるよね? 僕の方が年上だからね?」
しかし花香にはそんなことなんて関係ない。
可愛いと思ったかどうか、それだけだ。
「彼は優秀な調査員なんだ。身体能力に長けていて、扱える魔法も多彩だからね」
「あと可愛いですよね」
「確かな実績もあるので、頼りにしています」
「更に可愛いという最強の特徴も持ち合わせているので、向かう所敵無しです!」
「し、シスカ様っ!」
もっと他にも言えることがありそうなのだが、こいつらは「可愛い」しか言えないのか。
勇者さんもそう思
「確かにこの容姿は可愛らしいな……」
「やめやめ! もうこいつの話はいいんだよ! この荷物を片づけたり、国の仕事をしたり、色々あるだろ?」
「そうですね。移動大変でしたよね? 直ちに城の者を呼んできます!」
「いえいえ、私達だけで十分ですよ。ねっ?」
手伝えってことですね、俺たちにはわかります。
そしてシスカさんは手伝う気がないってこともわかります。
だって馬車の上から一歩も動いてないんだもん。
「では、今のうちに少しご報告を。図書館にて保管されていた禁書ですが、記述が増えていたようなのです」
「へえ~、禁書……「禁書ォッ!?」」
ガラン、ゴトン。
昔花香が言っていた通りの言葉に、思わず叫び声をあげた。
何の捻りもなさすぎて気づかなかった。
あとびっくりしすぎて剣を取り落とした。
「いっ、今禁書って言ったよね?」
「はい……まさか、何か知っているのですか!?」
「知っているも何も、俺たちはその禁書でこの世界に来たんだ!」
「もしかしてそれ、真っ白だったりします?」
「は、はい! では、これで元の世界に戻れるということですね? い、今すぐ持ってきてください!」
なんだ、別にこの世界で一生を終えるわけではないみたいだ。
もっとここにいたかった気もするけど。
せっかくこんなファンタジックな世界にいるんだし。
『主よ、我を置いていくというのか?』
「大丈夫、また近いうちに会えるはずさ」
『短い間だったが、我に心を向けてくれたこと、感謝しているぞ』
「こちらこそ、ありがとうな」
背後から真っ黒な圧をかけられている気がする。
無機物に嫉妬するな。
……無機物に嫉妬って何?
「本当に帰ってしまうんですか? もう少しだけでもここにいませんか?」
「心配しなくても、きっとまた帰ってこれると思うから大丈夫だ。多分」
「そもそも、あの本には『世界は勇者を待っている。世界は解放を待っている』って書いてあったじゃないですか。まだこの世界は何にも変わってないと思うんです。ならば、またこの世界に呼び出されるかもしれませんよ!」
「えっ、二人は勇者なのか!?」
この話を聞いて仰天した勇者カイル、まっすぐに俺を凝視している。
そんなわけないだろ、常識的に考えれば。
それと、俺は世界を救う気も支配する気もないぞ。
「でも別世界から来た人が世界を救うなんてよくある話じゃないですか」
「よくある話なのか!?」
「でも俺たちには何の能力もないだろ。いや、お前は魔法を使えるのか」
「「「別世界から来ているのに魔法を使えるの!?」」」
いちいち驚いてくる勇者一行。
なんかリアクションありがとう、ちょっと優越感に浸れた気がする。
シスカは俺たちの手を握ると、こう言った。
「ぜひ! またこの世界に来てくださいね! 約束ですよ!」
わざわざ言わなくても、戻ってくるに決まってるだろ。
「もちろんです! 絶対! 絶対ですよ!」
「今度はもっと色んな物持ってくるからな!」
差し出されたのは真っ白の本。
手を伸ばして触れようとすると、途端に目が眩むほどの光があふれ出し――
――目を開けた。
あの時と同じ場所だった。
石造りの城も、手つかずの森林もない。
「これで、戻ってこれたんですね」
「何か寂しそうだな。やっぱり帰ってこなくてもよかったか?」
「そういうわけではないんですけど……。それで、これからどうします?」
「どうするって言ったって、帰るしかないだろ」
「そうですよね~」
何だかまだ夢見気分だが、とりあえず帰ろうと思った。
そう思って書庫のドアを開けた。
しかし。
「お帰り。まずどこに行ってて何やってたか全部聞かせてもらうからな」
「久し振り~! ねえねえ楽しかった? 魔王様可愛かった? 魔法面白かった?」
……また一苦労ありそうだ。
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