煮詰めるのはほどほどに?
教室に戻ってしばらく経つのに、ほっぺの中、まだ熱いや。……『恋人』っていったって、そのふりをしてるだけなんだから、ちゅーするとか、そういう関係じゃないっていうのは知ってるのに。ほんのちょっとだけ、想像しちゃった。わたしが相手でも、すっごく緊張しちゃってそうだし、恋バナしてるときの何倍もかわいい顔しそうだし。……他の誰も知らないようなとこで、柄にもなくキュンとしてる。形だけの関係なのに、なんか染まっていっちゃいそうで。
……恋するっていうのがこんなのだったら、夏樹ちゃんがそういうことが苦手なのもわかっちゃうな。こんなに混乱しちゃうんだもん、そうかなっていう気持ちだけで。授業が始まるまでのちょっとの時間、物思いは、煮詰まりすぎて焦げついちゃいそう。
「それでも、なんか憧れちゃうよね」
独り言、誰にも聞かれてなかったらいいな。わたしがまだ恋してないってバレちゃったら、夏樹ちゃんのつきたいウソもバレちゃいそうだし。知らなかった気持ち、まさか、こんな形で知ることになっちゃうなんて。女子校だし、どうしても、『お姉ちゃん』になろうとしちゃうし、そんなの、関係ないって思ってた。……女の子だし、憧れくらいはあったけれど。夏樹ちゃんだって、苦手とは言ってるけど、別に、嫌ってわけじゃないはずだし。見せたくないとこがあるって言ってるけど、そうじゃなかったら、普通に恋だってしてるはずだし。むしろ、憧れてるからこそ、自分のコンプレックスにばかり目が行っちゃってるのかもしれないけど。
「私よりずっと、似合う人だっているのに」
言ってて、胸の中、針が刺さったようにちくってする。今の夏樹ちゃんに、そんなこと起きるとは思えないけれど、……もし、他の人とお付き合いできるようになったとして、ちゃんと、おめでとうって言えるかな。そんなこと、想像したって変わらないけど、それでも、何か不安になる。これじゃあ、私のほうが、夏樹ちゃんのこと、好きになっちゃったみたい。
「……夏樹ちゃんのせいだよ、こんなの」
あんなこと、提案してこなかったら。……追い詰められてたのは分かってるし、一番に思いつく方法が恋人のふりだったっていうのも、分かってるし、そんなの頼めるのが私しかいないのも、分かってる。それだけ、『とくべつ』なのは分かってても、不安になっちゃうのは何でなんだろう。タイマーみたいに、授業の始まりを告げるチャイムが鳴る。それで、考えの火を消せればいいんだけど。




