桜のそこで
少し肌寒い風が吹いている。
彼は満開の桜の下のベンチで座っていた。
薄桃色の花びらが、はらはらと落ちていく。
澄み渡る青空には雲一つなく、花見にはちょうど良い日だった。
「こんにちは、ゆうくん」
隣に座りながら、私は声をかける。
いつもと同じ、彼は何も言わず遠くを見ていた。その横顔を見ていると、思わず微笑んでしまう。
彼に恋をしたのは何時だっただろうか。
もう、十年以上昔のこと。彼が隣の家に引っ越してきて、そしていつの間にか仲良くなって、気付いたら。
けれど、年を重ねるごとに、私達は疎遠となっていった。思春期を迎えることには、口をきかなくなった。
彼も私も、お互い一緒に居ることで迷惑をかけたくなかった。
学年が一つ違って、通う高校も大学も違って、バイトも始めて、沢山の違いが重なって会えなくなった。
「ねぇ、ゆうくん」
だから、彼からの返答がなかったとしても、悲しくはない。
こうして、一緒に居られるだけでも嬉しい。思わず微笑んでしまうほどに。
「桜が美しく咲くのは、その下に死体が埋まっているからだそうですよ」
何処できいたか忘れたが、そんな話をする。
ふと、彼は桜を見た。寝不足で隈のできた目で。
私は思わず期待してしまう。
「でも、わたしは思うんです。死体が埋まっているから桜が美しいのではなくて、死体が埋まっているのに気付いて欲しくて、美しく咲くのではないかって」
「……」
彼はなにも答えてはくれない。けれど、散っていく桜を見上げている。
風が一瞬強く吹いて、桜吹雪が舞った。
「きれい、だな」
「そうでしょう、そうでしょう」
この辺りの桜でも、この桜の美しさは際立ってる。
今年はあまりにも美しく咲き誇っていると、道行く人が足を止めて見とれるほどに。何日も町中を駆け回り探していた青年が、ベンチに座って眺めてしまうほどに。
「だから、早く気付いてくださいね」
私は、決して触れられない彼の背を、抱きしめるふりをした。
恋愛小説として書き始めましたが、投稿する段階でこれは恋愛よりもホラーでは?とジャンルをホラーにしました。