本当にどうでもいい話「若き王」
その昔、ある国に若き王がいた。
その王は勇猛果敢でいい猛々しく力に溢れていた。
ある日、王は北方の蛮族討伐の際に皺の深く刻まれた老婆の世話になり小さなあばら家へと招かれた。
老婆は王を席に着かせ盃に酌をし兵共々甲斐甲斐しく世話を焼く。そして、懐かしそうに昔を語った。
老婆は王の乳母であり、若い頃は王宮で幼き王の世話をしていた。
しかし、流行り病で夫を亡くし自らも病気に臥せってしまい宮仕えを解かれることになってしまった。
老婆は当時の話に花を咲かせるが王はこの上ない嫌悪で満たされていた。
王は曲剣を抜き怒りのままに老婆へと振るう。
胸から赤黒い血を溢れさせた老婆は何が起きたかも分からないままに死んだ。
王は兵に老婆をどこかへ捨て置くように命じるが、そこへ老婆の子が帰ってきた。
老婆とは似ても似つかぬ見目麗しい若者だった。
黒く長い髪。血色のいい肌。天上から注ぐような声。
血の繋がり等全くないであろう異邦人だが王は老婆の子を見るとそれだけで気をよくした。
老婆の子は何があったのかを王に問う。
王は醜く老いた姿が気に食わないから斬ったと答えた。
老婆の子は死体を一瞥する。つられて王も目を向けた。
老婆の子はその隙を見逃さなかった。
王に呪いの言葉をかける。
季節の移ろいがお前から力を奪う。
満ちたものは零れ落ち掬おうとする度に深く刻まれる。
如何なるものもこの流れからは逆らえない。
新しきは生まれ古きは没する。
お前の子も孫もお前の求めるものを持っている。だがどれだけ触れても手に入らない。
失い、枯れ、抜け落ちる。
数が増える度に恐怖しろ。
お前の最も望まぬものがお前の中に燻っている。
これは昔の話だ。小さなあばら家も話を憶えている者もすでにいない。
選択を誤った。そう思う他なかった。
仕事のついでに昔の恩人の墓参りでもしようとこの国に再び立ち寄ったが五十年程度の月日では人々の記憶から抜けきることはなかったようだ。
都へ入ると兵士がわらわらと集まり私の周りを囲ってしまう。
私は依頼人に迷惑をかけないようにそのまま掴まるしかなかった。
こうして私はこの国の王宮へと連れ去られてしまった。
謁見の間まで通され玉座の前に立たされる。私は久々にこの国の礼儀に則った形で首を垂れた。
開いた両隣から様々な小声が飛び交うがどれも知らない声だった。
それも仕方のないことだろう。聞こえる声は十代半ばのものばかりで長くても三十を越える声はなかった。
宮中、ここまでの移動でも若い声しか聴かなかった。
年寄りがいないのだ。玉座に座る一人を除いて――――
玉座の枯れ木のような老人が傍らに立つ男、宰相にぼそぼそと伝える。
その声を聴いて私は『ああ、そうか。まだ生きていたんだった……』と感想を抱いた。
「静粛に! 陛下から直接お言葉を授けられる! 面を上げよ!」
宰相の言うとおりにすると枯れ木のような老人、老いた王は捲し立てる様に言った。
「――呪いをっ! 呪いを今すぐ解け! これが……このような仕打ちが余に対する復讐とでも言うのか!」
唐突に復讐とまで言われて少し困った。
復讐なんてものは無意味だ。
復讐なんてされて然るべき者は誰かに殺されて当然だし、復讐なんて考えている時間があるならさっさと殺すべきである。
相手も生きている以上、反撃もすれば逃げもする。
どう復讐してやろうかなんて考えている間に逃げられたら今まで以上に後悔することだろう。
仇を横取りされてあの世まで逃げられた間抜けがここにいるのだ。
復讐なんてものは本当に無意味だ。
老いた王にそう伝える。そして、私が王を殺さなかったのは王の乳母との約束があったからと付け加えた。
「なら、なぜ余にこのような悍ましい呪いをかけた。このような姿になぞなりとうなかった! 余の……余の若さを返せ! お前の若さも美貌も余のものぞ!」
私は宰相に、そして周りにいる王の臣下に視線を向ける。その全てが目を逸らした。
ここにいる誰もが呪い等ではないと理解していた。
馬鹿馬鹿しい。
これはもはやかける敬意も必要ないな。
礼儀も何もかも取っ払って枯れ木に言う。
「陛下、いい真実と悪い真実の二つがあるけど――どちらを先に聞きたい?」
「……どちらもよい!」
「じゃあ、いい真実から。実は――呪いなんてかかっていない」
「かかっていないだと……!」
「悪い真実はお前が老いるのはただの摂理だ。誰にもこの真実は変えられない。醜く拉げて殺した老婆のように干乾びて死ね。ほら、今も時間はお前から若さを奪っているぞ!」
その言葉に枯れ木が嘆きの声を上げた。この世の全てを呪うような奇声に私は薄く笑みをこぼした。
私はこれですでに七人殺している。
一人は代議士。もう一人は裁判官。
後はよく憶えてないが元の世界では私から不死を手に入れようとした適当な七人に子や孫に渡ってまでの死の予言をした。
目の前の枯れ木は八人目だ。
望まない真実を告げ、逃れられない事実に指をさす。
これは呪いなんかではない。
不死、永遠、衰えぬ若さを求める者へ返答だ。
「そやつを追い出せ二度と見たくないっ!」
枯れ木の言葉通りに私は王宮を追い出された。
殺せとも捕らえよとも命じなかったのはあばら家と蔑んだ館で兵を皆殺しにされたことを憶えていたからか。
あの頃は一矢報いようと何度もかかって来たのに本当に老いたものだ。
久々に本性を剥き出しにできて痛快だったが仕事はクビになった。
若い気になってここに至りだ。




