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その後、聡明な王には婚姻の話が持ち上がった。しかし、王はそれを断り、十六歳になった先王の子、ソリアスを王太子とした。
王太子となっても、ソリアスの住まいは離宮のままだった。変わったことは、度々宰相、クルムトが訪れるようになったことだ。
「クルムト、これは?」
「先日の議会の議事録です。陛下が王太子殿下に読ませろと仰せでした」
「機密事項ではないのか?」
「いずれ王になられる殿下への隠し事などございませんよ」
ソリアスは渋面でクルムトを見上げる。
「なぜ、叔母上は私を王太子にした。私はあの人から玉座を奪おうとしているのに」
「陛下は全てご存じです。その為に、これまで殿下が懸命に学ばれてきたことも」
「どこまでも見透かされているみたいで、腹が立つ」
ソリアスがこぶしを握り、机を殴りつける。
クルムトは、誤解を解きたいと思うものの、何も言えなかった。
その日降り始めた雪は、翌日まで断続的に降り続け、王国をすっぽりと包み込んでいた。
フォルティナはその日も議会に出席していた。今日は初めて王太子を伴っていた。ただ、ソリアスに声をかけることは無く、ソリアスも十年ぶりに会う叔母とは目を合わせようともしていなかった。
王と王太子の険悪な雰囲気を感じつつ、その日の議会も滞りなく終わる。臣下は王の退場を待っている。フォルティナは隣に座るソリアスを促し、椅子から立ち上がる。その瞬間、フォルティナの体が傾く。
「陛下!」
ソリアスの反対側で控えていたクルムトがすかさず抱き留めたが、
「陛下! しっかりなさってください!」
呼びかけてもフォルティナの目は開かなかった。
ベッドに寝かされたフォルティナを、医師が丁寧に診察する。が、医師の表情は芳しくない。
「先生、陛下は・・・・・・」
「極度の疲労と栄養失調ですね。お食事はきちんと召し上がっていると、うかがっていたのですが・・・・・・」
「それは・・・・・・」
クルムトは視線を床に落とす。
「とにかく、よくお休みいただき、滋養のあるものを召し上がっていただくことが大事です」
「分かりました」
医師を下がらせ、クルムトはベッドの横に置かれた椅子に座る。
今までは気力だけで王としての務めを果たしていたのだろうか。
「今は、ゆっくりお休みください」
外は、再び雪が降り始めていた。王の眠りを妨げないよう、静寂を捧げるように。
クルムトは、報告の為、ソリアスの元を訪れていた。
「叔母上は、どうなった」
「眠っておられます」
「そうか」
ソリアスは、どういう反応をすればいいのかわからない。
フォルティナが優れた王だというのは、学ぶ過程で嫌というほど思い知らされていた。幼かった頃ほど強い感情は無くなっていた。けれど、目の前で倒れた王を見て、戸惑った。こんなにも儚げな人だっただろうか、と。自らの手で王である兄を殺し、王位を簒奪したとは思えない、弱々しい姿。
「本当は、何があった」
ソリアスは、強い目でクルムトを見つめる。
クルムトは重い口を開いた。