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先王には六歳になる王子がいた。
暴君の子は暴君になるのではないか、処刑すべきなのではないか、という声もあったが、フォルティナは彼を離宮に幽閉し、世間から彼を隠した。更には武術、学問、両方の師をつけ、学ぶよう命じた。
「なぜ、父上を殺した!」
王子は瞳に涙を浮かべ、フォルティナへ詰め寄る。
フォルティナは特に咎める事もなく、冷えた目で幼い子供を見つめていた。
やがて叫び疲れて肩で息をする王子に、
「先王は民を虐げた。故に王である資格を失った。だから玉座から降ろされたのです」
「だとしても! 僕はお前を絶対に許さない!」
王子はフォルティナに掴みかかる。やや乱暴なしぐさでフォルティナは王子を払いのける。
「私が憎いなら、剣を学べばいい。玉座を得たいならふさわしく有れるよう、学びなさい、ソリアス」
殺意を孕む瞳に凍えた瞳で答え、フォルティナは身を翻す。その後、二度とフォルティナは離宮へ足を運ぶことはなかった。
王宮の膿を出し切った後、フォルティナは有能であれば身分にかかわらず登用した。知識の深い者がいればそれに応じて地位を与え、各自の裁量で進められるよう図った。
フォルティナは臣下の声をよく聞く王だった。けれど、決して他人任せなのではなく、自らの提案を審議させることもあった。
聡明な王と、有能な臣下のおかげで滅びかけた王国はかつての繁栄を取り戻していった。
そして、更なる先へ進むための法案が王から提出された。
『国民の教育義務化』
一定年齢の子供たちに必要な知識を平等に与えるための法案。
これには有能揃いの臣下たちも首を傾げた。
それが一体どういった理由で国の利益になるのか、理解できなかったからだ。
だが、その言葉にフォルティナは穏やかに微笑み、言葉を返した。
「貴方たちは、その答えを知っているはずです。私は滅びかけた国を立て直すために身分を問わず登用しました。その結果、この国はほんの数年で力を取り戻しました。違いますか?」
「確かに、それはありますが」
貴族と、商人から取り立てられたものが顔を見合わせる。
「有能な人材が市井にまだまだいるという可能性があるとは思いませんか?」
国民全員に学ばせれば、唯一無二の人材が見つかる可能性が高くなる。
「それに、私は国民に、自ら道を選んでほしいと思っています。本来、職業に貴賤は無いはずです。私たちの生活は、どれほど多くの職業に支えられているか、考えたことはありますか?」
「しかし、職を選ばせてしまっては、農民などいなくなってしまうのでは?」
貧しさの代表である農民を臣下は例に出す。
「なら、農民は豊かになれる職業だと言う事を示せばいい」
「そんなに簡単な事では」
「今すぐに実現したいと言っているわけではありません。国民すべてを豊かにするのが王の役目です。その役目を果たすために必要なのは、教育だと、私は思うのです」
若き王は淡々と、そう語った。
臣下たちも、王の手腕は十分体感していた。その王が語る言葉は理想そのもの。ただ、彼らにはまだ王の深淵は理解できなかった。
この理想が実現するのは、数十年先の事となる。
最終話まで、毎日19時に投稿します。