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アルトニクス王国は、危機に瀕していた。
三年前に立った王は、国を荒らした。自分にすり寄る貴族に特権を与え、特権を与えられた貴族は国民を搾取した。
王に諫言をした者は次々と殺された。
耐えかねた若手の、心ある貴族や、民を虐げることを是としない軍部は、王の妹姫に進言した。
どうか、この国を救ってほしい、と。
王族として生まれたものの、彼らは仲の良い兄妹だった。歳が離れていたこともあるのだろうが、兄は、それはそれは妹姫を可愛がっていた。妹姫も兄を尊敬し、慕っていた。
けれど、王として立った兄は次第に暴君へと変貌していった。それは王としての重圧からなのかと思い、度々兄の元へ出向き、話をしたが、その時には既に、兄へ言葉は届かなくなっていた。
だから、妹は覚悟を決めた。
その日、広間には王にすり寄る貴族たちが集まっていた。当然、玉座には王が座っていた。
そこへ兵士たちがなだれ込んでくる。先頭に王妹を頂いて。
「この場の全員を捕らえろ!」
号令のもと、兵士たちは次々と貴族を縛り上げていく。
その中を真っ直ぐ玉座へ歩んでいくのは、妹姫だった。
華奢な体に似合わない抜き身の剣を右手に携えて、まだ少女とも呼べる年齢の妹姫は兄王の元へ迫る。
「兄上、民が泣いています。このままでは国が滅びます」
「・・・・・・」
「ここまでにしましょう、兄上」
王は、妹姫が構える剣に反応しない。ただ、濁った目で、妹姫を見上げる。
妹姫は、凍った瞳のまま、勢いよく、兄の体に剣を突き立てる。
「ぐっ・・・・・・」
苦しげな声を上げ、王は妹に両手を伸ばす。
血の付いた手で、王は最愛の妹を抱きしめていた。
そして、
「すまない、フォルティナ・・・・・・」
そう、妹にだけ聞こえる声で呟いた。
はっと、フォルティナは兄の顔を見る。
そこにあったのは、以前と変わらない、慈愛に満ちた瞳だった。
その瞬間、フォルティナは何かを悟る。
「・・・・・・兄さまは、ひどい」
凍った瞳のまま、他からはわからないように、兄を抱く手に力が込められる。
だが、華奢な体で成人した男の体重を支えられるわけもなく、王の体は床に崩れ落ちた。
その瞬間、広間の兵士たち、後から入ってきた若手の貴族たちの間から歓声があがる。
「暴虐の王を倒したぞ!」
「フォルティナ様、万歳!」
その声を受け、フォルティナは兄に刺さっていた剣を引き抜く。
血に汚れた剣を掲げ、フォルティナは声を上げる。
「暴虐を尽くした王は、このフォルティナが打ち取った! 我が戦友たちよ、誇れ、称えよ!」
力強く、その瞳は光を宿し、そしてフォルティナは十六歳で王になった。
暴君の殺害と共に、王国の膿を全て出し切らんと、それからの一年は王国に血の嵐が吹き荒れた。その先頭に立っていたのは、王となったフォルティナと、フォルティナの元婚約者の若き宰相だった。
フォルティナが王妹のままだったら、いずれ結婚する予定だった。だが、王になった時にフォルティナは婚約を破棄した。その理由は、知られていない。