脱走
この日の夜は人生で最高に気持ちの良い風が吹く夜だった。
僕の身軽でみすぼらしい体は男に担がれ、太陽が昇る方へと颯爽と駆けていた。どんな事情かは知らないが、幸か不幸か固く腐りかけたパンと具のない薄味のスープを一日1食であった時の現状よりはマシなのだったのだろう。
それよりも、何故連れ去られているのだろうか?というより、口から言葉も発せないし、体も動かせないのは何故なのだろうか?
そんなことを考えているとハッと思い出したかのように男は走りながら大声で発した。
「すまんな!坊主!体も動かせないし、言葉も話せないだろう?大人しくするなら解除するが、どうするよ?」
暴れる気もなし、暴れても敵う相手でもない。そういう気も起きない。とりあえず、今はこの自由とは言い切れないが清々しい風が吹くこの夜明け前の草原で体を動かせるのなら最高な気分ではないのだろうか。
僕は揺さぶられながら、「暴れない」という意思を持った目で男の目をジッと見た。
意思が通じたのか、ゆっくりと走るスピードを落とし、男が舌を二度鳴らした。それが、体を動かすことの出来る状態になったのだろう。首も動かせるし、手を握ったり離すことも出来た。そして、男は担いでいた少年の体を老婆を労わる様にゆっくりと地に下した。だが、やせ細ったこの体には立つことさえの力もほとんど残っておらず体がよろけてしまい、男の足にぶつかり地面に寝転んでしまった。
青臭い野原の匂いがこんなにも心地よいものだとは思わなかったと、ふとにやけてしまった。
「おいおい、てんで力が入ってねぇじゃねぇか。大丈夫か?」
「ありがとう、おじさん。こんなことになるなんて思わなかったよ。だって、僕は明日死ぬところだったんだから。」
「へぇ、そっか。ラッキーだったんじゃないか?死なずに済んで。」
「ううん、殺されるのは決まっていることらしいんだって。でも、そんなことより死ぬ前にこんな空が見れたり、朝焼けが見えたり、草原に寝転べたりなんて思わなかったからね。」
「お前殺されるってなんでわかん・・・っぶね!」
甲高い音共に矢が複数地面に刺さる。おじさんは足元近くに飛んでくる矢を避けつつ、矢が飛んでくる方向を目を細めて遠くを眺めると複数の弓を番える少数の兵士が木々を盾にしながら矢を放つ瞬間を捉えた。
この少年を捕まえるわけではなく、殺すつもりで矢を放ってきているようだった。
「これは、さっさとずらかるべきだな。」
シャックスは、少年を急いで担ぎ上げ、太陽が昇る方向へ急いで駆けだした。