プロローグ
あれはたしか、生温い風で肌がべたつくような夜だった。
「シャックス。ヴィー君から情報が確かなものか判断したいから、アンタあの国に行ってきてくれる?」
敵国の城内に重要参考書類がある情報が回ってきた為、直属の上司から「盗ってこい」と命令が下された。更に上司の知り合いから敵国に入るための変装を施してもらい、敵国へと向かうことになった。
「オセさんの能力はやっぱりすごいですけど、鏡で映る姿じゃないとしっくりこないですね。」
「シャっ君。こればかりは、仕方ないよ。ちなみに効果は、12時間までだから気を付けてね。あとは、その体になれるの大変だから出来るだけ手足を動かしておいてね。」
そう聞くと、手足をグイッグイと伸ばしたり、縮めたりして体を慣らすように体を動かした。嫌いな人間の姿になるなんて任務じゃなければ絶対にしたくない。ただ、この姿で良いところと言えば、飯の繊細な味の違いが分かるのが唯一の美点だ。
これも任務、これも任務・・・
上司の命令に逆らうことなんてする気もなかったし、ささっと仕事を終わらせてビールでも飲んで寛ぎたいものだ。夜明けまではあと6時間といったところか。そこまで急ぐ必要はないが、俺には酒とつまみが待っている。任務さえ終わればパーティの始まりだ。
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夜明けまで残り4時間といったところか・・・
人間の城に入ることなど勇者一行でもいない限り、造作もない。これが、自分の国の宝物庫であったらこんなにすんなりと入ることも出来ないし、盗ることも出来ないだろう。その前に、城に入る前に監視されているはずだから、見つかった瞬間にとりあえず、重要な盗るべき物を動かされて捕縛されることだろうな。
とりあえず、書類というのは、たぶんこのことなのだろう。今この書類を内容を知ったところで自分で判断できる代物ではないだろうし、ここはさっさと上司に渡して自分の楽しみを優先しよう。
ん・・・この気配は地下の方から?
地下に続く階段を下がると一人の兵士と鉢合わせてしまう。
「貴様!どこか・・・」
「はいはい、少し落ち着いてねー」
タンッタンッと舌を二度鳴らすとマリオネットの糸が切れた様に兵士の体が崩れ落ち、怒った表情で口をパクパクと動かしているが、声を出せずにいた。そんな兵士を横目に通り過ぎると蝋燭が一つぽつんと地下を照らしていた。
ここは、犯罪者のそれなのか、それとも処刑前の留置するの所なのか・・・
牢屋の中にみすぼらしいぼろ布を纏った少年と床には落ちたパンくずとほんの少しだけ残ったスープ。その中で膝を抱えて佇んでいた。
違和感を感じた気配は、こいつか。
人間に興味など一切なかったが、ふと声をかけずにはいられなかった。
「坊主。お前は何か悪いことをしたのか?それとも・・・」
牢屋の外から問いかけるが、一向に反応を見せないでこちらをじっと見ていた。ただ一点ずっと自分の目だけを見て何かを訴えている目をしていた。
あ、今は話せる状態じゃなかったんだった。
タンッと舌を鳴らすと牢屋の錠前が消える。少年にもがける力がないことは見た目から判断出来た。少年の肩に触れてみると何も感じることができなかった。
そう、魔力も気力も全く感じることは出来なかった。
生物が存在している上で必ずあるものがこの少年にはなかったのだ。なのに、この少年は生き続けている。むしろ、どう存在出来ているのかでさえ不思議なことだった。
なんて稀有な存在なのだろうか・・・
当初の目的の物をは既に盗り終えて、自分の楽しみの分も取り終えている。一つ荷物が増えたところで問題ないし、上司に報告して駄目だとしてもそこいらに捨て置けば問題ないだろう。
身軽なこの少年を担ぎ上げ、即座に城から飛び出して夜と朝が混ざり合った太陽が昇る方向へ、東へと走り出した。
そんな生温い風が通り過ぎた夜だった。