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前編

異形種々雑話シリーズ1「狐の嫁入り」、2「天狗の嫁とり」から繋がる話です。

 狐の末姫は九尾の秘蔵っ子で、その愛らしさ、可愛さは里の周辺に住むもののけ達の間でも評判だった。

 それが、鬼に嫁入りするなどという。

 しかし、赤い髪をした若い鬼のもとへの嫁入りは、九尾と旧知の仲である大天狗の取りなしであり、そもそも姫の方が鬼に惚れているとなれば、これに誰も口を挟めるものはいなかった。

 無事に婚礼は終わり、鬼と姫が連れだって歩く後ろ姿は初々しく微笑ましかった。例え鬼に恋慕する者がいても、狐の里では寂しさに泣くものがいようとも、皆健気に二人の幸せを祈ったのだ。


「それで?」

 切り株に乗せた盤面からちらりと顔を上げたのは、天狗だ。

 婚儀から数日、野暮かと鬼へ連絡せずにいた天狗が久しぶりに山へ来るよう誘ったのは、勿論将棋を指すためではない。

「…それで…」

 鬼が、ぱちりと駒を置いた。

「王手」

「…あ!」

 うわあー、と胡座をかいたまま後ろに手をつき、鬼は天を仰ぐ。烏が頭上を横切るのが見えた。良い天気だ。

「お前は考え無しなんだよ。もう少し先を読んだらどうだ」

 天狗は駒をざっとひとまとめにし、容れ物代わりの椀に入れる。

「そういうのは苦手だって、お前が一番良く知ってるじゃねえか…」

「ああ。深く考えない性格はよく知ってる。将棋も女もな」

 ちら、と天狗が鬼を見ると、彼はあー、と体を反らせ、そのまま仰向けに寝転んだ。大の字になって手足を伸ばした様は子供のようで、鬼の性格そのままだと天狗は思った。


「姫は、可愛いだろ」

 天狗は片あぐらに腕を乗せ、顎に手をやり、家をちらと見る。仕草と白い短髪を見ると年齢は図れないが、顔立ちは童顔を考慮しても20代半ばくらいだ。

 彼らは家からは少し離れた木立の間で将棋を指すのを楽しみとしているので、普段はそれほど家の音は聞こえない。しかし今日は女二人、昼食の支度をしながら何やら他愛ない話でもしているのだろう。たまに笑い声が聞こえた。

「可愛いよ。とってもな…うん」

 鬼は、雲ひとつ無い青空を見上げ呟く。

「…俺、怖いか?」

「鬼は怖いものじゃないのか」

 わざととぼけたような天狗の言い方に、鬼は少し不機嫌になり寝たまま横を向いた。

「そうじゃなくてさ…。なんて言えばいいんだろうな」

「何をだ?」

「…お前、だんだん親父さんに似てきたな」

「いつまでも甘やかしたらいけないだろ?」

 鬼は拗ねた表情をするが、もちろん天狗にはなんのことかわかっているのだ。黙っていると、鬼は続きを話し始めた。

「…俺が触れると、姫はすごく怖がるんだ。体を強ばらせて、目をつぶってさ」

 うんうん、と天狗も空を眺め、あらかじめ用意されていた茶を啜りながら相づちを打つ。

「これじゃいつまでたってもお預けじゃないかっていう…」

「かもなあ」

 そこで鬼は跳ね起きた。

「どうしたらいい?」

 切れ長の目は、じっと上目遣いに天狗を見つめている。しかし問いの答えはそれほど焦らすようなものではない。天狗は、友人とは対照的な垂れ気味の目を、意地悪そうに細め見下ろし一言放った。

「知らん」

 ああーっ、と再び鬼は寝転がり、駄々を捏ねる子供のように地べたに突っ伏した。


 そこへ、鬼たち二人を呼ぶ声がした。

 将棋盤はそのまま切り株に置いて、六尺を超える男二人は、のそのそと移動する。庭から入ったところで、いい匂いを立ち上らせた鍋を携え女性二人が廊下を歩いてやってきたのが見えた。長い艶やかな黒髪を持つ烏天狗と、数歩遅れてついてくる小柄な末姫の姿が見える。

 狐の末姫が運ぶその鍋の中は、餅が沢山入った雑煮だ。舌鼓を打つ鬼の後ろで、天狗は呆れた顔をしている。

「夏だぞ?」

「結婚祝いに、向こうの山から届いたみたいよ。昨日ちょうど(おさ)の奥様が持ってきてくれて」

「ああ、なるほど…」

 長とは、天狗の父親である大天狗だ。近辺に顔がきくので、何かにつけては人間や妖怪から届けものがあるらしい。機嫌のよさそうな鬼の背後から、天狗がやや不満そうに言う。


「俺に、じゃないのか。鬼と姫をくっつけたのは父さんじゃないぞ」

「最終的に場をおさめたのは長よ。あんたじゃ力不足」

 恋人の愚痴を無情に流す烏天狗に、狐の姫は申し訳無さそうな顔をしているが、鬼は構わず姫が置いた鍋を覗きこんだ。

「美味そうだな。姫が作ったのか?」

「あ、はい…。いえ、お餅をついて丸めてくれたのは、持ってきた方で。私は煮ただけです…」

「でも嬉しい。ありがとうな」

 感情のまま率直にものを言う鬼に、末姫は照れながらも嬉しそうで、それを見る天狗達はすでにからかう気にもなれない。


 そのまま4人で鍋を囲んだが、新婚の二人は鍋より熱い。

 鬼は綺麗な箸使いで餅を一口大に切り、冷ましてから姫の口に運んでやる。天狗達を気にしながらも口を開けて美味しそうに食べる姫を、烏天狗はなにかむず痒そうな表情で見ている。


 天狗も、鬼が昔から女に優しいのは重々承知であり、烏天狗がやっと聞き取れるほど小さな声で、不思議そうにぽつりと呟いた。

「別に怖がってるように見えないけどな…鬼もよく食べずに我慢してるもんだ」

「むしろ、あれで夜だけ食べさせないっていう姫の方が鬼よね…」

「だな。何が原因だと思う?」

「鈍いあんたじゃわからないんじゃないの。姫に直接聞いてみたら?」

 隣にいる烏天狗は恋人の言葉を一蹴するが、相手も負けていない。

「…ねえさんも姫から可愛げを学んだら良いんじゃないかな」

 その言葉が終わるかどうかという時、烏天狗の手がするっと真横に伸びた。

「…おっ…」

 脇腹を思い切りつねられ、天狗は思わず上半身を折り曲げて唸る。椀は、中身がこぼれる寸前に烏天狗が見事な手つきで受け取り、末姫は羨望の眼差しでそれを見ている。

「これが阿吽の呼吸なんですねえ…」

「天狗たちも、夫婦になってからもう10年くらいだからなあ」

 天狗は痛みをこらえながら、呑気に雑煮をすすりつつ話す鬼と末姫を見上げ、そのまま隣にいる烏天狗を見る。

「俺達、夫婦だっけ」

「鬼と姫みたいな、と聞かれたら違うわね」

 淡々と話す二人を見て、鬼たちは箸を持つ手を止めた。

「え?そうなんですか?」

「え?そうなのか?」

 鬼と末姫は驚いているが、天狗は身体を億劫そうに起こし何でもないように言った。

「なんか、そういうもんなんだよな。少なくとも、鬼たちみたいに祝言挙げて周りに宣言する形は無い」

「一緒に住んだり行動するから便宜上は夫婦ってことになるけど、人間たちの言う夫婦とは違うわねえ…」

 烏天狗も頷いたが、末姫がそこで口を挟んだ。

「で、でも!」

「でも?」

 末姫は、突然はきはきと意思を口に出すことがある。今もそうだ。

「それって、不安じゃないんですか…?」

 場が、静まり返った。

 烏天狗が、ちらと天狗を見るが、天狗はというと、鬼を見ている。そして鬼は、あさっての方を向いている。

 烏が遠くでひとこえ、鳴いた。

「…不安は…ないけど」

 天狗は顎に手をやり、苦笑した。そして立ち上がり縁側に出て、頭上に旋回している烏を確認する。


「ひとまずほら、残りの餅と酒でも持って山に戻れ。俺は父さんに呼ばれたから行かないと」

 いつの間に用意したのか、すでに烏天狗が包みを鬼に差し出している。鬼はそれを受け取り、ちょっと困ったような顔をしたが、姫と庭に出るといつも通り快活に歩きだした。

「行くぞ」

「は…はい…」

 ごちそうさまでした、と慌てたように礼を言い去る二人の後ろ姿がみえなくなると、縁側に立ったまま天狗は横にいる烏天狗を見た。


「姫は、何が不安なのか?」

「浮気じゃないの?」

「鬼は、浮気はしないだろ」

「それはわかるけど。鬼の昔の女たち(・・)も、諦めればいいんだけど、ちょくちょく覗きにくるみたいでね。しかも皆体つきが良いから姫の方がほら」

 烏天狗が、手のひらを立てて何か撫でる仕草をする。

「気にしてないかな…とは」

「うーん…」

 天狗も同じように手のひらを掲げる。

「揉んだら大きくなるんじゃないか?」

「私は変わってないわよ」

「じゃあ確認しないとな」

 いうやいなや、天狗は手を烏天狗の着物の中に滑らせる。

「…ちょっと」

 烏天狗は逃れようとするが、抱きすくめられて身動きが取れない。その耳元で、天狗は彼女の名前を呼んだ。

「こういう時だけ名前呼ぶの、ずるい…」

 既に烏天狗の着物ははだけかけ、片方の肩が見えている。再び烏の鳴き声が聞こえた。

「…中に、入ろうか」

 廊下の奥の襖を閉めた音がして少したつと、烏は諦めたように飛びさっていった。


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