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8月

 焼けるように暑い外とは裏腹に、部屋の中はクーラーのお陰で快適な温度に保たれている。

 温度センサを切ってしまえば暑さなど関係ないのだが、シーナがいるでそういうわけにもいかない。

 控えめな彼女のことだから、クーラーをつけるのに躊躇うはずだ。

 そんなシーナとの関係はというと、あれから最悪だった。


 あの日の夜、いつも通りにメダクスと飲んだ後、家に帰るとシーナが起きていた。

 そのことにも驚いたが、彼女が涙を流していたことにも驚いた。シーナは観ていた映画に感動したと、涙を流していたのだ。

 一体彼女は、どんな映画を見て感動したのだろう。テレビ画面に目をやると、人間同士の恋はこうであると主張するかのように、キスシーンが映されていた。

 あまりの衝撃にフリーズし、画面から目が離せなくなった。

 優しく重なる二つの唇。二人の間に言葉では伝わらない感情が交わされている。羨ましいと思った。自分にこんな欲望があるだなんて、思いもしなかった。

 自分では抑えられない欲に襲われ、画面の人間の男がやってたように彼女の肩に手を回した。

 彼女に触れ、シーナを愛しく思う感情を伝えたかった。

 そして、あの人間の男のようにシーナにキスをすれば、画面の人間の女のように幸せになってくれるんじゃないかと思っていたのだ。


 しかし、力加減を間違えたのだろうか。それとも、俺が怖がらせてしまったのだろうか。彼女は何かに耐えるように目を瞑っていた。

 彼女の表情で一気に酔いが覚めた。俺はすぐさま手を離し、自分の部屋に戻った。

 そして、大多数の人間は好きでもない人とキスなんてせず、むしろ嫌悪を感じることを知り、罪悪感と共に夜が明けたのだ。 


 その罪悪感は今でも続いており、お陰様で目もあわせることもできずにいる。シーナもシーナで俺を避けているようだった。

 食事以外は同じ部屋にいることがなくなった。今も彼女は部屋に閉じこもってしまっている。

 それもそのはずだ、いきなり巨大なロボットにキスをせがまれたなら危機を感じるだろう。

 それに、彼女もロボットがそういう行為をしてくるとは思っていなかったはずだ。俺だって思っていなかったのだから。


 自業自得の結果だが、いや、だからこそどうにかしようとしている俺は端末で軽量パーツを検索している。

 今までも何度か軽量化しようと考えてはいたが、自分の外見を変えるのにやや抵抗があった。

 しかし、そんなささやかな抵抗はシーナの前では無力だ。

 良さげなパーツを見つけた俺は、端末をテーブルに置いてホログラムを起動し、全体のフォームを確認する。

 流線型の丸びを帯びたシンプルなデザインなら、彼女の警戒心を解けるかもしれない。

 フェイスパーツも全体がバイザーで覆われているものにすれば、キスをしようなんて馬鹿な事は考えないだろう。

 しかし、それでは彼女の食事が食べれなくなってしまう。それだけは避けなければいけない。

 もういっそのこと外見も人間とそっくりなアンドロイドになってしまおうか。


 こんこんこん


 小さな、弱々しいノックが静かな部屋に響いた。

 ノックをするのは一人しかいない。それだけの事実が、コアの動作を異常な速さにさせた。


「あの、すみません……」


 そういって遠慮がちに彼女は部屋に踏み入れる。

 彼女が俺の部屋にわざわざ訪れたのは初めてだった。

 改まった話でもあるのだろうか。嫌な予感を抱きつつ、俺は平然を装う。


「どうした」

「た、大したことではないんですけど、今日の夕飯何がいいかなって。いつもは私が決めていますし、たまにはリクエストを聞いてみるのもいいかなって……」


 なんだ、そんなことかと安心するが、彼女の様子は出会った頃のようにぎこちない。

 お互い慣れるまでの月日は長かったのに、ほんの7,8分でここまで戻ってしまうとは。

 どうにもできない歯痒い後悔が、じわりじわりと俺を苦しめた。


「カレーを頼む」

「あの、それ……」

「暑い日にカレーは嫌だったか。なら……」

「い、いやそうじゃなくて!」


 彼女は机の上に表示されたままのホログラムを指差した。

 隠すことでもないが、見られてしまったことに若干の戸惑いを覚える。


「交換、するんですか……?」

「ああ」

「そう、ですか」


 彼女はどこか残念そうにこちらの様子を伺っている。

 このデザインは彼女の好みではなかったのだろうか。

 俺はすぐさまホログラムを閉じ、彼女に見えるように宙にカタログを大画面表示をさせた。


「お前はどれがいいと思う?」


 自分の好みよりもやはり彼女の好みに合わせたいと、思いついたままに聞いてみたが、彼女は困惑した表情を浮かべている。


「なぜ、軽量化を?」

「このデカイ図体じゃ怖がらせてるかと思って、力加減もわからないしな」

「だ、誰を怖がらせているのですか!?」

「シーナを」

「わたしですか!?」


 開き直った俺は素直に打ち上げることにしたが、彼女は唖然としている。

 シーナ以外に誰を怖がらせるというのだ。

 メダクスが俺を怖がるとでも?そんな事があれば明日は雪が降るだろう。


「わ、わたしアネルさんのこと怖いと思ったこと、ありません」


 震えた声で、シーナは何をいっているんだ。彼女は優しすぎるが故、自分を犠牲にしてまで他人に気を使う。

 そんな優しさに惚れ込んで、漬け込んでしまった結果がこれだ。

 シーナの好みなんて禄に知ったもんじゃないが、なんとかして彼女の好みを探そうとカタログのページをスクロールする手を早めた。


「最初は大きくてびっくりしちゃいましたけど、アネルさんは私にまで気を使ってくれる優しい方です。怖いだなんて、思ったことありません」

「でも、俺は軍事用で力加減が……」

「え?でも軍事用ロボットってパワー制御も一般的なロボットよりも優れているはずです。その証拠にこの前の夜の、アネルさんの手、や、やさしかったですし……」

「……なんのことだ?」

「えぇ!?あ、あの、そのぉ……」

「酒を飲んで帰った日は飲みすぎてあまり記憶がないんだ、何かしていたらすまない」

「い、いえ!!何にもありませんでしたから、大丈夫です!」


 嘘だ。本当はメモリーにしっかりと記憶されている。

 あんな失態忘れるわけないだろう。

 しかし、必死に弁解してくれるシーナの優しさが嬉しくて、恥ずかしくて、嘘をついてしまった。


「夕飯はカレーですね。じゃがいも買い物に行ってきます」


 彼女は顔を真っ赤にして急いで部屋を出て行ってしまった。

 取り残された俺は自分の手を見つめる。

 金属のこの手に、重さ何トンもの銃を握っていたこの手に、彼女は優しさを感じていたのか。

 そうか、そうだったのか。ああ、なんだか俺の顔も熱い。クーラーが壊れてしまったのか。そうだ、そうに違いない。

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