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6月

 窓ガラスには点々と付着した雨滴が流星のように流れ落ちていく。

 正午だというのに部屋の中は薄暗く、ロボットが一体しかいない部屋は雨とページが捲れる音しかしない。


 俺は軍人の生涯を書き綴った本を好んで読んでいた。そして、今もその類の本を読んでいる。

 自分が軍事用として開発されたからか、不思議と彼らの考え、生き様、執念に心を動かされることがある。

 そして、ロボットの自分と違うところを見つけては、彼らに憧れを抱いていた。

 ロボットの俺はわざわざ本に目を通さなくても、ネットワークから情報を一瞬でインプットすることもできる。

 しかし、俺はじっくりと字をスキャンし、処理して考える方がなんとなく好きだった。


『守るものができると人は強くなる』


 誰か一人が発した言葉ではなく、多くの軍人がこのようなことを主張していた。

 守るものなんて用意される間もなく、ただただプログラムに従い戦っていた俺にとってそれは不思議な主張だった。

 たまに、シーナと出会ってから戦場に立ったらどうなるんだろうとシュミレーションすることがある。

 俺は今インプットされているプログラム以上の動きができるのだろうか?という疑問を晴らすために。

 しかし、いつも中途半端なところで中止していた。今更考えたって、俺が戦場に立つことは二度とないのだから。と、我に返るのだ。

 戦争が起きないのはもちろんのことだが、俺は戦場に立つ機会を与えられても立たないだろう。

 同じロボットを破壊するのが嫌だからではない。俺にとってそれは単なる作業だ。

 理由は単純かつ明白だ。シーナを一人にすることができない。ただ、それだけだ。

 シーナと出会うまではこの退屈な日々から脱するため、もう一度戦場に立ちたいと願っていたのに一体どうしてしまったんだ……。

 時間を潰すために読んでいた本も、今じゃシーナのことばかり考えて集中すらできない。


 この前、油を注してもらったとき俺と彼女は手を合わせた。

 シーナの手は小さく、ほっそりとして俺が軽くでも握ってしまえばすぐに折れてしまいそうだった。

 しかし、そんな心配とは裏腹に、俺は握り締めたい衝動に駆られていた。初めて握る人間の、いや、彼女の手はとても軟らかく心地がよかったのだ。

 少しだけでも、と思い力を制御しながら彼女の手を握ろうとしたが彼女は慌てて手を離してしまった。

 手が離されたとき、何をやっているんだと冷静に戻ることができたが、残念がる自分もいた。


 ここまできたら、これは恋だと認める他ない。しかし、一体俺はどうすればいいのだ……。

 軍事用として開発されたにも関わらず、俺は彼女を欲しがっている。触れ合いたいと思ってしまっている。

 しかし、彼女からしてみたらどうなのだろう?

 こんな軍のロボットに好意を抱かれて、気味が悪いと思わないだろうか?怖いと思わないだろうか?

 そもそも、彼女はいきなり買い取った俺をどんな風に思っているのだろう?

 最初の頃と比べれば、彼女は笑顔を俺に向けてくれるのが多くなったとは自分でも思う。しかし、それは彼女の緊張の糸が解れたからかもしれない。

 逆に俺はというと、日に日に緊張が増すばかりだった。


 そういえば、シーナが帰ってこない。何かあったんじゃないのか……いいや、今日は雨だから歩くのが少し遅いのだろう。

 6月といえども雨に濡れれば体は冷える。俺は湯を沸かして彼女の帰りを待つことにした。

 今日は雨だから俺が買い物に行く、と言ったのだが彼女は頑なに断った。

 シーナはいつもそうだ。謙虚で自分の欲をあまり表に出さない。むしろ、彼女は申し訳なさそうにする。

 けれど、彼女は俺が紅茶を淹れると凄く喜んでくれる。だから、俺は感謝の気持ちが抑えきれなくなったときはシーナに紅茶を淹れるのだ。

 馬鹿の一つ覚えだが、俺がシーナを喜ばせることができることといったらこれしかないのだ。


「ただいま戻りました」


 茶葉が開いた調度いいタイミングで彼女の声が玄関から聞こえてきた。


「冷えただろう?」


 案の定、彼女の黒髪は雨でわずかに濡れていた。

 彼女は俺の淹れた紅茶を見たとたん、ぱぁっと顔を明るくする。

 そして、お礼を述べてからイスに座りにこにこと嬉しそうに紅茶をすすった。

 この笑顔を見るたび、彼女をもっと笑顔にさせたいと願わずにはいられなかった。


「アネルさんの紅茶が飲めるなんて、雨でよかったです。暖かくなってきたら、もうしばらく飲めないかと思っていました。」

「夏に温かい飲み物は酷だな。それならアイスティーでも作ろうか」

「本当ですか!?それは凄く楽しみです」


 紅茶を飲み終えた彼女はごちそうさまでした、とカップを流し台に置いた。

 カップを濯ぐ彼女の背中はとても小さい。できるものならその背中を後ろから抱きしめたい。

 ロボットの俺には不要で無意味な行為だとわかってはいるが、理屈ではなかった。

 戦場に立つ機会を与えられても立たないといったが、少し考えが変わった。

 もし世界に再び戦争が起きたら、俺はこの小さな背中の彼女と、彼女の笑顔の為に戦うかもしれない。

 だから、人と触れ合うときの力の制御を知らない俺は、抱きしめたい衝動を抑えながら本の文字を眺める作業に戻った。

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