5月
春にしてはとても暖かく、窓から差し掛かる日差しがとても気持ちがいいです。
太陽の陽気についぼぅっとしてしまいそうになりますが、今はそんなふうにはなれません。
私は油さしを片手にアネルさんの間接とにらめっこしていました。
アネルさんは軍用ロボットなだけあって精密に動けるようにするため、間接部分が他のロボットと比べて多くとても複雑な形状をしています。
しっかり深くまで油をささないといけません。かといって多くさしすぎてしまっては埃やゴミを吸収してしまい黒いベタベタになってしまいます。
これが酷くなってしまうと動かなくなり、最悪パーツをすべて換えなければいけません。
そんなことになってしまっては大変です。
私は息をするのさえ忘れて、一滴、一滴と慎重に油を垂らしました。
「腕の部分が終わりました。次は手をやりますね」
そういうと、アネルさんは律儀に手を差し出してくれました。
まずは手首に油を注ぎます。
アネルさんの手は私と同じ五本の指があります。
「とっても大きいですね」
私は自分の手のひらの大きさと比べるように、アネルさんの手の上に自分の手を置きました。
私が目一杯手を広げても、アネルさんとは一周りも二周りも違います。
アネルさんがくいっと第一関節を曲げれば、私の指を包み込んでしまうでしょう。
「シーナ」
「あっ!えっと、ご、ごめんなさい」
私はぱっと手を離して、再び油をさす作業に戻りました。
あんなことをしてしまうなんて、失礼すぎるのにも程があります。
今は油をさすことだけに集中しなかれば、と思えば思うほどアネルさんの手の大きさが気になってしまいます。
手だけではありません。足も腕も何もかもが大きく見えます。
なぜ、こんなにも大きいロボットがちっぽけな人間なんかに親切にしてくれるのでしょう?
「シーナ?」
「い、いえ!何でもありません…」
どうやらまた手が止まっていたようです。
一体、どうしてしまったのでしょうか?
ただ油をさしているだけなのに、さっきから変に緊張してしまって上手くいきません。
お客さんとして来てくださったときももちろん緊張していましたが、そのときとは少し"何か"が違います。
「アネルさんの部品はいい物なので、緊張しちゃいます」
「確かにそこらのロボットと比べればいい物だが、そのぶん丈夫だ。だからそんな緊張しなくてもいい」
考えを振り切るように無理に話題を作りましたが、駄目です。
そんなに優しい言葉をかけられたら、もっと胸がドキドキしてしまいます。
熱でもあるのでしょうか?
恥ずかしさのあまり、顔がかぁっと熱くなっているのが自分でもわかります。
きっと顔は真っ赤に違いありません。
自分の顔を隠すように、顔を近づけて油を差します。
しかし、顔を近寄せた手はアネルさんの手です。
はっと気付いた頃にはもう遅く、あわあわと慌てることしかできません。
そんなことを繰り返し、なんとか一通りの間接に油をさし終えることができました。
緊張の糸がプツリと切れたかのように、深いため息が無意識に漏れてしまいました。
アネルさんは腕や足首を動かして動作を確認しています。
私はそれを横目でみながら指を編んだりほどいたりしていました。
「お前がさしてくれるとやっぱり動きが違うな」
「ええっと……それは」
「良好だ」
そんな気の利いた言葉、お世辞だとわかっていながらも私には十分でした。
無機質な彼の音声に、私は勝手に暖かな温もりを感じていました。
アネルさんと話していると、たまに心が優しく包み込まれるような感覚になるのです。
日に日にその頻度が上がっているのは、自分でも少し感づいています。
もしかしてこれって……
私には無縁であろう単語が浮かびましたが、それはありえないことです。
だって、アネルさんはロボットで私は人間なのですから、当然です。
アネルさんに引き取っていただいた感謝の気持ちにすぎません。
好意を抱いているのには変わりませんが、決して"恋"なんかじゃありません。
それに私は"恋"をしたことがないから勘違いしているだけです。
そうです、きっと勘違いに決まっています。