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1月

 それは、新年も明けて間もない頃でした。

 灰色の空からちらちらと降り注ぐ真っ白な雪は、地面についてはしんと静かに姿を消しています。

 こんな風に私も消えることができたら、どんなにいいか。

 なんて考えながら、高級住宅街を慣れた足取りで歩く大きな黒い背中を追いかけていました。


 高級住宅街なんて私には無縁な場所です。

 大きな塀に囲まれている家や、立派なお庭を持った家。同じ地区であるはずなのに、まるで異世界でした。

 それらの建物すべてが大きく、今にも押しつぶされてしまいそうです。


「ここだ」


 彼の家はどんな家なんだろう、と想像を膨らませているとどうやら着いたみたいです。

 彼の家は周りと比べるとこじんまりとしていますが、それでもアンドロイド一体が住むには十分大きく見えました。

 誘われるがまま家に入ると、彼はコートの雪を払ってからポールスタンドにかけました。

 ロボットでも人間のように服を着るタイプとそうでないタイプがいるらしいのです。

 彼の場合は前者でしょうか、防水かと思って着ていたコートの下にも白いシャツを纏っています。

 ぼぅっとしていると、彼が私をじっと見ていました。

 コートをここで脱げ、ということでしょうか。慌ててコートを脱いで積もった雪を丁寧に払います。

 私があたふたとしていると、彼は黙って私のコートを取り上げ同じようにポールスタンドにかけました。


「す、すみません……」


 せっかく引き取ってくれたのに、私は何をしているのでしょう……。

 そもそも、この方はなぜ私を引き取ったのでしょうか??

 もしかしたら、店長が酔った勢いで理不尽な取引をしたのかもしれません、いいえ、絶対にそうです!

 今更ながら申し訳ない気持ちでいっぱいになりました。


「寒いか?」

「い、いえ…」

「待ってろ、温かい飲み物を入れてくる」


 彼は私を椅子に座らせると、キッチンがあるであろう場所に行ってしまいました。

 きょろきょろと部屋を見渡していると、どれもこれもきっちりと整理されていて生活感が全くありません。

 本棚に並んでいる本もきっちりとジャンルに分けられ、さらにそこからアルファベット順にご丁寧に並べられいます。

 家主がロボットだからでしょうか?それとも、彼がとても几帳面だからでしょうか?

 恐らくどちらもでしょう。

 お客さんとして沢山の意思を持ったロボットと触れ合ってきて、なんとなく感じたことですが、ロボットも私達人間と一緒なんだと思います。

 十人十色で大雑把なロボットもいれば几帳面なロボットもいるのでしょう。


「何か足りないものでもあるのか」

「大丈夫、です」

「すまないが俺は人間の扱いに馴れていない。不備があったら遠慮なくいってくれ」


 彼は私の前にカチャっと金属とガラスが衝突する小さな音を立てて紅茶を置きました。

 ふんわりと紅茶の温かい香りと、僅かな砂糖の甘い香りが私の鼻をくすぐります。

 舌が火傷しないように口をつけると、ほどよい甘さが口の中いっぱいに広がり体がぽかぽかと温まりました。

 普段、私が飲む紅茶とは大違いです。


「この紅茶、とてもおいしいです」

「そうか」


 紅茶の香りが私をリラックスさせたのか、先程の緊張はゆっくりとほぐれていきます。

 しかし、悠長に紅茶に飲んでいる場合ではありません。


「あの……私は一体何をすればいいのでしょうか……?」

「……」

「す、すみません!店長から、何も、お話伺っていないんです……」


 呆れてしまったのでしょうか?彼はうんともすんとも怒りも笑いもしません。

 私の語尾はどんどん小さくなってしまいます。

 息づまるようなひんやりとした沈黙が室内を覆いました。


「あの、機材さえあれば油さしと塗装とワックス掛けならできます。ご希望であればメンテナンスも勉強しますし……」

「いや、何もやらなくていい」

「えっ……?」

「あ、いや違うんだ。必要になったときで、今はいいという意味だ。」

「じゃ、じゃあ私は……」

「俺には自然エネルギー変換器官と味覚センサーが搭載されている」

「は、はい……」

「折角搭載されている機能を使わないでしまっておくのも勿体ないと思ってな」


 自然エネルギー変換器官と味覚センサーは知っています。

 砕いて説明すると、アンドロイドも人間と同じようにご飯を食べてエネルギーを摂取し、そして味を感じることができる機能です。

 それはわかるのですが……。


「つまりだ、飯を作ってくれないか?」


 予想外の答えに呆気にとられてしまいました。

 それでも私は黙って頷きました。

 どんな要望であれ、引き取ってくれたからにはそれなりの恩返しをしなければなりません。をしなければなりません。

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