12月
色彩が失せ、何もかもがモノクロの世界に見える。
朝の冷ややかな空気は冬だと警告を鳴らしていた。
白く濁った意識の中、俺はカウンターに重たい頭を乗せていた。
シーナがいなくなってからずっと酒に溺れていてこのザマだ。
夜中に寂しさを感じれば紛らわすようにここに来て、意識が遠のくまで酒に飲み、そしてそのまま翌朝を迎える。
身体的には辛いが、精神的にはこちらのほうが幾分かマシだった。
シーナがキッチンに立っていない朝は、やりきれない虚無感が俺を襲うからだ。
電子脳の警告音と戦っていると、カランコロン、と陽気な音が聴覚センサーが捕らえた。
「うわぁ、こりゃひでぇな」
後ろからこちらへ向かう足音が聞こえる。
店主が起きたか。いつもはびくびくと大丈夫ですか、と声をかける癖に今日はえらく挑発的じゃないか。
店主かどうか分からない奴は遠慮なく俺の隣に座った。
「アネルちゃん起きてるぅ?」
「あ、あぁ……」
鉛のような頭を上げ、ぐらぐらと回る視界の中でメダクスだと認識する。
「最近付き合い悪りぃなって思ったらよぉ、なんだよコレ。シーナちゃんとイチャイチャしてたんじゃねーの?」
「うるさい……」
「で、何があったんだよ」
「話したく、ない」
再び、哀れみを包み隠すようにカウンターに頭を埋めた。
「話したくないなら見させてもらっちゃうぜ?」
しばらく間を置いて、無反応な俺を合意したと受け取ったのか、彼は俺の首元にプラグを注し込んだ。
もちろん、アクセス拒否をすることもできる。しかし、そんな気力すらない。
彼は黙々とメモリを見終わると、プラグを抜いて溜息をついた。
「お前さ、馬鹿じゃねぇの?」
「は?」
「いや、初恋ですし、恋愛のれの字も知らなかった奴だし、分からないことだらけで焦っちまうのは分かるけどさぁ……これは流石にねぇーわ。おまえ、もうちょっと”学習”したほうがいいぜ」
メダクスは呆れたように笑う。こっちにとっては笑い事ではないのに、冷やかしに来たのか?
ああ、もう一人にしてくれ。
俺は席から立ち上がろうとしたが、メダクスはそれを阻止する。
「まぁ、落ち着けって。シーナちゃんが他の男と仲良くお話してて焦っちまったんだよな?」
「……そうだ」
「その男なんだが。まぁ、確かに、人間の男だけどよぉ……。流石に彼女は10歳にもならない男の子に惚れ込まないと思うぜ?」
「でも、あんなに……」
「お前が言いたいことはよくわかるよ。でもな、普通のまともな人間なら幼い子どもには無条件で自然と笑顔になっちまうもんなんだよ」
「つまり、どういう事だ?」
「だ!か!ら!シーナちゃんはその男の子には惚れてねぇんだよ!いっつもオドオドしてる彼女が楽しく話してるのは相手が子どもだから!いくらロボットだからってコレぐらいの人間の知識は入れておけよ!ってか寧ろシーナちゃんが惚れてるのはお前だから!バーカ!!」
「はぁ?え、ちょっと待てくれ」
シーナがあの人間の男に恋心を抱いていないのは理解した。
けどなんだ、シーナが俺に惚れてるって。からかっているのか?
俺を慰める嘘だとしても、タチが悪すぎる。
「わかんねぇかな、何も思ってない相手にこんな顔見せられるかよ」
そう言って彼は先程見せたメモリから、シーナの泣いているのに笑っている顔を端末に表示させた。
ああ、これはシーナと俺の誕生日のときだ。
いきなり泣き始めた彼女に、俺は戸惑った。だけれど、彼女は嬉しいのに泣いていたんだ。
それで、涙は流しているが幸せそうに微笑む彼女に、矛盾していても俺は納得することができたんだ。
淡い思い出が、ズキリと胸に突き刺さる。
「それとこれも、アンタと別れるときだ。唇キュッと結んでさ、アンタとずっと一緒にいたいって言いたいけど我慢してる顔だ」
俺は驚愕した。彼女はこんなにも悲しそうな顔をしていたなんて。
彼女のことだから、少し強引にでも言ってやらないと出ていかないだろうと思って、俺の気持ちを悟られないようにするので精一杯で、全く覚えていなかった。
覚えてなかったにしろ、どうしてこのとき気づくことができなかったんだ。
「彼女は、お前と一緒にいて幸せだったんだよ。引き取られたからとかの義務じゃなくて、彼女の意思でアンタと一緒にいたんだ」
「そうだったのか」
取り返しのつかないことをしてしまった。幸福感にも似た後悔が押し寄せ、片手で顔全体を覆った。
「あの子は前に働いた店でまた働いてるらしいぜ。今からでも遅くはないんじゃないのか?」
「どんな顔して会えと言ってるんだ?いくらなんでも都合がよすぎるだろう」
「まぁ、こっから先はお前が決めることだしな。俺は帰るぞ」
メダクスはイスをくるりと回して飛び降りると一言。
「ああ、そうだ。あの店、シーナちゃんが戻ってきてから繁盛してるらしいぜ。なんでもあの子のファンが意外にも多かったんだと。お前にシーナちゃんを売ったってことは、また他の誰かに売っちまうかもな。」
一気に酔いが醒めた。
俺はメダクスを押し退けて無我夢中で彼女のいる店へと走った。
シーナがどうしようもない店長のいるあの店に戻ったということだけでも腹立だしいのに、他の奴の手に渡るだと?ふざけるんな、そんな事があってたまるか。
俺はそのためにシーナを手放したわけじゃない、彼女の幸せを、自由を願って手放したんだ!
「シーナ!!」
俺は叫びながら、チャイムも押さずに店のドアを力いっぱい開いくと、店の扉は脆く、がしゃんと金属の金具が外れる音が響いた。
その音に反応して出てきたのは店長だ。鉄パイプを持って警戒している。
「か、金なら返さないからな!」
「用があるのはお前じゃない。シーナを出せ」
店長と俺がしばらく睨み合っていると、奥から慌てて駆け寄ってきたのはシーナだった。
彼女は驚いて黒い瞳を見開いていたが、久しぶりに彼女を見て耐え切れない衝動に駆られた俺は、すぐに自分の元へと抱き寄せた。
彼女の細い小さな体から温度を感じる。とても懐かしい香りもする。
「どうして、ですか……?」
彼女が小さく震えているのが伝わり、俺はさらに抱きしめる力を強めた。
彼女がどこにもいってしまわないように。
「私、アネルさんに嫌われちゃったのかと、思ってました。もう、会う事もできないのかなって……」
「シーナ、違うんだ。俺は……俺は、お前が俺に買われたから仕方なく一緒にいて、本当は自由になりたいんじゃないかと思ってたんだ」
「……え?」
「だから自由に生きろとお前を手放した。でも、シーナがいなくなってから気付いた。俺は……俺は、お前が、シーナがいないと駄目みたいだ」
「え、あ、で、でも、私は人間で、アネルさんは……」
「ああ、そうだ。俺はロボットなのに、こんなにもお前を必要としてるんだ!他の奴に取られたくないんだ!シーナを愛してるんだ!!」
告白を聞き終えたシーナは、わあわあと泣き出した。
金属の胸は痛いだろう。それでも彼女は俺の胸に顔を埋めるのを止めなかった。
「朝っぱらからドアぶち壊されるし、何事かと思ったら……何してんだお前ら」
店長の呆れた声に、我に返った俺とシーナは急いで身を離す。
感極まって店長がいることをすっかり忘れていた。
思い出すように恥ずかしくなった俺は、体を硬くしてセンサの視点を逸らす。
「お前は一度シーナを買って手放した。金は返さないし、一度手放したからにはタダで返してもらえると思うなよ?」
店長は挑発するかのように、鉄パイプを俺に向けた。
ずっと目を逸らしてはいられない。俺は再び店長と向き合った。
「ああ、だからシーナを嫁に貰いにきた」
「はぁ?」
「俺は本気だ」
店長のぽかんと開いた口は塞がらない。
それでも、俺はずっと店長の顔を黙って見つめ続けた。
「……そういうことなら、俺の決めることじゃない」
店長は鉄パイプを降ろし、顎で頬を赤く染めて指を絡めている彼女を指差した。
そうだ、俺はまだシーナの気持ちを聞いていない。俺を横目で見ながら落ち着かない彼女の手を取った。
改めて向き合うと恥ずかしいものだが、彼女は応えるようにまっすぐとこちらをみてくれている。
「シーナ、また戻ってきてくれないか?今度は、俺の愛する人として傍にいてくれ」
シーナは瞳を潤ませて、俺の手を優しく握り返す。
そして、頬を染めながら
「……はい、こんな私でよければ喜んで」




