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11月

 秋と冬の間の透き通った冷たい空気が、私の肺に満たされます。

 窓から見える紅葉は、いつのまにか散り始めていました。

 そろそろアネルさんの紅茶が温かくなる時期です。


 朝6時、いつもの通りの起床です。

 少し伸びたなぁ、なんて思いながら髪をとかして階段を下ります。

 リビングへ向かうと、珍しくアネルさんが起きていました。

 普段のアネルさんは1秒の狂いもなく7時に起きるのです。

 今日はどこかへ出かけるのでしょうか?いいえ、それなら前もって伝えてくれるはずです。


「おはようございます。今日は早いですね」


 私は気にしないようにしながら朝食の支度に取り掛かりました。


 ここ一ヶ月、アネルさんの様子がおかしいのです。

 本を読んでいるかと思えばずっと手が止まっていますし、会話をしていても相槌しかうちません。

 そして、金曜日はお友達とお酒を飲みに行かなくなってしまいました。

 お友達と何かあったのでしょうか?そう聞いてみても彼は何にもない、と答えます。

 無理に聞くのも失礼だと、私は彼が立ち直るまでそっとしておくことしかできませんでした。


「シーナ」

「なんですか?」

「今日からここにいなくてもいい」

「えっ……」


 久しぶりに呼ばれた自分の名前に、私は胸に淡い喜びを感じました。

 けれど、それはみるみると空虚に変わり、胸にぽっかりと穴が開いたようでした。

 彼の放った言葉を理解しようとしますが、頭の中は真っ白です。

 いいえ、本当はわかっていました。けれど、認めたくなかったのです。

 私が役立たずだから、もういらないという事でしょうか?

 ああ、そういえば前にもこんなことがありました。

 同じことなのに、どうしてこんなにも受け入れることができないのでしょうか。


「お前はこれから違うところに行くんだ。自分のいるべき場所に」

「……はい」

「世話になったな」

「いいえ、こちらこそ。ご迷惑お掛けしました。」


 その後の会話はとても無機質で事務的な会話でした。

 本当は、一緒にいたくて仕方ありませんでした。これからも、ずっとずっと。

 私が食事を作って、おいしいって言ってもらって、小さなお世辞にも子どもみたいに喜んで。

 たまにアネルさんに紅茶を淹れてもらって、それを小さなご褒美にしてみたり。

 そんな平々凡々な日常をアネルさんと一緒に送っていたかったです。

 ずっと一緒にいさせてくださいと言えれば、どんなに幸せなことでしょう。

 しかし、自分のエゴを押し付けることが私にはできませんでした。アネルさんが困ってしまうとわかっているからです。

 我侭を胸の奥に収めるように、私は荷物をまとめました。

 荷物を抱えると、アネルさんは律儀に私を玄関まで送ってくれました。


「店長には話してある。だが、もしあそこに戻りたくなかったらここに」


 そう言って、彼はメモを差し出しました。

 受け取って確認すると、きれいな字で住所が書かれています。


「部屋を借りた。治安もいいところだし、防犯システムが充実しているから安心して暮らせるハズだ」

「でも、私には……」

「大丈夫だ、毎月仕送りを送る。だから、今まで縛られていた分、自由に生きてほしい」


 何故、私にここまでしてくれるのでしょう?何故、ここまでしてくれるのに……。

 嬉しさと悲しさがごちゃごちゃに混ざっていても、表面上の私はどこか冷静でいました。

 ここで泣いて縋ってしまってはアネルさんを困らせてしまうとわかっていたからです。

 彼にこれ以上の迷惑はかけられません。だから、せめて最後は……。


「アネルさん」


 私は頭の中で、今までの感謝と私の気持ちを並べました。けれど、いざ口にしようとすると並べた言葉がボロボロと崩れてゆきます。

 どこまでも優しい彼が、じっと私が言葉を放つのを待ってくれているのに、言葉は喉をつっかえてなかなか出てきてくれません。


「ありがとう、ございました。」


 目もあわせず逃げるように私はその場から立ち去りました。

 ドアを閉じると、無理矢理押さえつけたものが勢いを増して一気に溢れ、涙へと変わってゆきます。

 拭いても拭いても勢いは衰えず、むしろ増すばかりでした。

 でも、これでよかったんです。彼はロボットで、私は人間です。

 私には彼が必要だけれど、彼に私は必要ではありません。

 彼に想いを伝えたところで、どうにもならないのです。

 どうにもならないと分かってはいるものの、私は縋るように彼がくれたネックレスを握りしめていました。

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