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10/13

9月

 夕暮れがとても綺麗な季節になりました。

 オレンジ色の空とひんやりとした風。もうすっかり秋です。

 とはいっても、生クリームをかちゃかちゃとかき回している私の顔はうっすらと汗ばんでいました。


 今日はアネルさんの製造日、人間でいう誕生日です。

 以前、油を注しているとき、肩のパーツの裏に製造日が掘られているのを発見しました。

 なので、誕生日ケーキならぬ製造日ケーキを作っています。ロボットが自分の製造を祝う習慣があるかどうかはわかりませんが……。


 本当はプレゼントを用意したいと思ったのですが、私はお金を持っていません。私の服や生活日用品は全てアネルさんが出してくれています。

 彼のお金で彼のプレゼントを買うのは少しおかしな話なので、せめてもの思いで製造日ケーキを作ることにしました。

 もちろん、このことはアネルさんには秘密です。

 今日は運よくアネルさんは夕食までには帰る、と朝から出かけてしまったのでサプライズでお祝いするチャンスでした。


 あの一件から、私はアネルさんを少し避けてしまいました。

 優しく触れてくれた事を思い出してしまい、恥ずかしくてどう顔を合わせればいいのか分からなかったのです。

 しかし、アネルさんはその事を覚えておらず、自分は怖がられていると勘違いしていました。

 怖がらせないようにと軽量化を考えていたようで、それを知ったときは時間が止まったようでした。

 変わるのは外見だけとわかってはいます。けれど、大きな体でありながら小さな私を気遣ってくれる、そんな彼を尊敬しているのです。

 尊敬できる部分は他にも沢山あります。けれど、外見が変わってしまうのは彼の魅力が減ってしまうような気がして、それがもったいなくて、私は必死に真意を伝えました。

 なんとか誤解は解けて軽量化することはなくなり、徐々に距離も戻りつつありました。

 以前よりももっと距離が縮められたら……なんてことを考えながら、焼きあがったシフォンケーキに生クリームを塗ります。


 クリームを塗った後はイチゴを乗せて、ホイップクリームで飾り付けをしました。

 初めてで不安でしたが、綺麗に盛り付けることができたので満足です。

 テーブルの中央にケーキを置いて、ロウソクに火を灯して、電気を消して、後はアネルさんの待つだけです。

 ゆらりゆらり揺らめくロウソクの炎に見惚れていると、がちゃり、とドアが開く音がしました。

 どうやら帰ってきたようです。私は胸を高鳴らせながらクラッカーを手に握り、息を潜めました。


「お誕生日、おめでとうございます!」


 彼が部屋に踏み込んだ瞬間を狙って、クラッカーの紐を引きました。

 部屋にはぱんっと軽快な音が響き、火薬の匂いと共にひらひらとカラフルな紙吹雪が舞散りました。

 アネルさんは驚いてびくともしません。どうやらサプライズは成功のようです。


「誕生日って、俺のか?」

「ええ、正しくは製造日ですけど。せっかくなので」


 アネルさんはぎこちなくイスに座りました。私も向かいの席に座ります。


「さぁ、ロウソクの火を消してください」

「ちょ、ちょっと待ってくれ」


 もしかして、アネルさんは空気圧縮器がついていなかったのかもしれません。

 私としたことが迂闊でした。どうしようと言葉を詰まらせていると、赤いリボンで綺麗に包装された小さな箱が差し出されました。


「店長から今日はお前の誕生日だと聞いた」

「え?」

「これは俺からのプレゼントだ。受け取ってくれ」


 私はあまりの衝撃に、さらに言葉を詰まらせてしまいました。

 今日は私の誕生日であることも、店長がアネルさんに私の誕生日を伝えていたことも。

 ……店長が私の誕生日をアネルさんに?いえ、でも店長は私の誕生日なんか祝ったことがありません。

 訳が分からず言われるがまま、小さな箱を受け取り、ゆっくりリボンをほどきます。

 包装紙を破らないように取り外し、恐る恐る箱を開けます。中に入っていたのはネックレスでした。

 透明な宝石は小ぶりながらもロウソクの光を吸収して虹のように輝いています。

 その美しい光彩に、思わず息が止まってしまいました。


「お前の好みがわからなかったが、似合うと思ったんだ」

「でも、こんな高価なもの……」

「よかったら付けてみてくれ」


 慎重に箱から取り出してネックレスを身につけます。

 高価なものどころか、アクセサリーすら初めて身につける私の手は少し震えていました。

 胸元に宝石が来るよう調整し終えると、アネルさんは小さな声で綺麗だ、と呟いてくれました。

 自分の誕生日を誰かに祝われたのは何年ぶりでしょうか?

 溢れる喜びを押し隠すことができなくなり、思わず目から涙が転げ落ちてしまいました。


「気に入らなかったのか?」


 アネルさんはいきなり泣き始めた私に焦っているようでした。

 いつもよりも早口で、ボイスのトーンも少し高くなっています。

 嗚咽が止まらない私は、首を横に振り否定します。


「違くて……あの、その、すっ、すごく嬉しくて……」

「嬉しくて泣いているのか?」

「は、はい。嬉しくて泣いちゃうだなんて、不思議ですよね……こんなの初めてです」

「そうか」


 彼は理解してくれたようで、落ち着いた声で頷いてくれました。

 ある程度落ち着くと、ロウソクはもう最初の半分の長さも無くなっていました。

 アネルさんはその間、優しい眼差しで、ただただ私を見守ってくれていました。


「一緒に消そうか」

「はい」


 せーの、と小さな合図と一緒にロウソクの炎に息を吹きかけます。

 炎は大きく揺らいでは、静かに姿を消してしまいました。

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