第五試練09
それは花が目を逸らしていた記憶。
心の中に蓋をしていた。
天音様の事を疑うなんて。
しかし、見たくない映像が流れ込んでくる。
やめろ、やめてくれ。
知ってしまえば根本的に何かが崩れてしまう。
最初に見た映像は、花が団を招き入れたときの。
天音が誘惑魔法を使えることは花も知っていた。
しかし、どういう風に使うかは聞いてなかった。いや、本当はある程度予測していた。
古来より、誘惑する手段の一つ。
目を逸らしても、無駄だった。
これではまるで。
映像は次々の転換する。
一週間前、ホテルで寝ている時、正確には寝ているふりをしていたとき。団が天音が入っている浴室へと入った。
花が知らない映像、天音の部屋に敵対する男が入ってくる。
見覚えがあった。生徒会長選挙で争っていた男達、派閥で敵対している男達。引いては先生達でさえも。
まるで女郎蜘蛛か女王蜂のようだった。
部屋に入ったら最後、男達は絡め取られていく。
そうやって天音は各地に散らばった兵から情報をもらい、指示して騙し討ちを行っていた。
天音は誰も信用していない。花でさえも。信頼できるのは誘惑魔法で、兵隊にしたもの達だけ。
それが花にはよく分かった。
精神魔法『ナイトメア』。第五級精神魔法で対象に延々と悪夢を見させる。一番見たくない現実をトラウマを。三級魔法の『メモリーブレイク』と似ているが、メモリーブレイクの方が悪質だ。メモリーブレイクは現実以上にひどいものを追体験させるが、ナイトメアの一番怖い所は、嘘と現実を織り交ぜることだ。
強烈は現実を見せつけられる事で、嘘も現実と認識する。メモリーブレイクのように身体的痛みはない。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁ」
髪をかきむしり必死にあらがう。髪は白く染まる。顔は十年と老け込んだような表情だ。
しかし、悪夢はまだ終わらない。
「あぁぁぁぁぁ」
喉が裂けるほど絶叫をあげる。
崇拝している天音の見たくなかった部分。その天音から『お前はいらない』、『利用しただけだ』、『もう価値はない』等々罵倒され続けている。耳を塞いでも直接脳内に天音の声で語りかけていく。
仕上げだ。
御影は、耳元で囁く。
「あの言葉を言えば楽になる」
差し込むように悪夢を見ている花に対し、甘い響き。砂漠に突然オアシスが見えたかのように、三日なにも食ってないものにご馳走が並べられたぐらいに甘美な響き。しかし。
「誰が負けるかぁぁぁ」
気迫だけで、ナイトメアを解除する。
「一言言うが、誘惑魔法はそういうものだ。お前も気づいていたはずだ。気づいていて見ない振りをしていた。違うか」
「黙れっ、天音様がそんな事するはずがない。穢らわしい」
言葉に力がない。天音の後ろで見ていた花が気づかないはずはない。
「いや、お前は知っているはずだ。知っていて見逃した。その選択をさせたのはお前の責任でもある」
幼い頃から暗殺を生業とするものやそっち系ならいざ知らず、天音は学園に来るまで普通の人間だったはずだ。誘惑魔法を使えたとしても、使うには相当の覚悟が必要だ。そうさせないために、お前等はなにをしていたのかを暗に言っていた。事情は何も知らない。しかしそれだけは言えた。
「そう・・・だな」
花は憂いを帯びた表情で遠くを見つめる。
何度もターニングポイントがあった。天音様の恋人の死、仲間の死、友人の死、裏切り者のの死。その度に天音様が傷ついていた。その選択をさせたのは我らの責任。あれから一度も、天音様の心からの笑みを見たことがない。
「私は死にますか」
「すまんな。勝つのは一人だけだ。そして俺は負ける気はない」
「天音様のことを頼めますか」
「学園長派は俺とがつぶす。すまないがこれは舞先生と俺が決めた決定事項だ」
「非道いものですね貴方は」
ふっと力なく笑う。
そして小声で二十分ほど二人は話した。
そのことは映像を見ている舞先生達にも、扉の前で戦況を見守っている今日子達にも話している内容は分からない。
しかし次第に花は憑き物が落ちたような表情になる。そして。
「私の負けです」
花はギブアップを宣言した。