橋での戦い04
円の四『無景』、生きていると敵が認識している状態で、臓器の一部分を切り取ったことから、その名が付けられた。
円の型は十あり、難易度的には四番目の簡単さ。
しかし、一つ上の技を使うにはかなりのハードルがある。
御影はメカニズムなら円の型十、縦の型八、奥義三つ、全て分かっているが、使えるのは円の九、縦の八、奥義の二までで、円の四を使用できたのは、練習を始めてから『体感時間』で一年ほど。
それまでは一週間とたたずに覚えられたが、ここでつまずいた。御影の最初のハードルだったともいえる。
風花は体感時間で半年ほどしか修行してない。ほんの一週間前に、円の三をクリアし、円の四に移ったばかりだ。
それを深みに行くことで、風花はカバーする。
脳裏を過ぎるのは、御影が見せてくれた、無景。
それを模倣する事に全神経を傾かせる。それ以外は今は考えない。考える余裕がない。
剣士同士が向かい合えば、熟練になるにつれその人の心が見えてくる。
風花はまだ、朧気ながらにしか分からなかった。
翼は格好はあれだが、本当は真面目で、自分の技を愛し、そして挫折したと。
一途で一直線で、真面目で努力家で、ほんといやになるぐらい似てるぜ、似てないのは自信だけだな。
翼の思った風花の人となり。
治しても治しても、つく剣ダコ、技の失敗で手足は切り傷が絶えない。
治したとしても分かる。歩いてきた道筋が。
技にはその人の生きた軌跡が乗る。
風花は愚直にやってきた。その努力を後押しするには最後の『一押し』が必要だ。
才能があったとしても、間違った方向に進んだり、伸ばし方が分からないと、宝の持ち腐れだ。
その『一押し』をしたのが御影だ。
適切に風花の才能を見抜き、導いている。
かぁー、羨ましいねぇ~、俺も十年若ければ、土下座してでも教わってたんだがねぇ~。
翼は振るう。
十年間はあまりにも長い。向上心溢れていた若い時代はとうに過ぎた。
誰も教えてはくれなかった。学園に入って一年たたないうちに剣の先生よりも師匠よりも実力は上になり、後は試行錯誤の繰り返し。
時代が悪かった。運がなかった。
無駄な時間だとはいわないが、ゴールが分からない。
溺れていくようだった。焦っていた、停滞する自分と上をいく者達。
足掻いて、足掻いて、やがて諦めた。その終着点が現在の翼だ。
覚えときな。
「無景返し」
こんな技もあるということを。
風花の刀に剣を滑らせる。
十年で翼が編み出した、対聖域使い専用のカウンター技。同じ聖域使いを踏みつぶすために作った負の遺産。
ボクシングのクロスカウンターと同じ要領だ。相手の技の場所をずらし、自分の方が先に相手に攻撃する。後の先だ。
殺さないよう、加減した峰打ちの翼の剣は、風花の腹に吸い込まれ。
「ぐふっ」
風花は崩れ落ち、少し笑みを浮かべる。
通じるとは思ってなかった。
悔しいけど、今はまだ足りなかった。
これは玲奈の為の風花のアシスト。
無景の繰り出す直前、鞘を後ろ手で投げた。
これが風花が見た道。鞘を投げて、完成した。。
風花の投げた鞘が、翼の視線を遮る。
後は頼みます。玲奈さん。
玲奈は手摺りを蹴り鞘が作り出した死角に入る。
「瞬突」
必ずこのチャンスをものにしてみせます。
体を極限までエビ反りにし、その反動で投げる。
ごきっ。
最大まで高めた気と魔力に玲奈の体が耐えきれず、肩が外れ、肘から手にかけてひび割れる。
「っ」
激痛に苛まれても、玲奈は視線を逸らさない。
今までの玲奈だったら、どこかでセーブしていた。
この後のことを考えて、ここで全てを使うのは愚考だと、頭で考えて。
優等生の考え方だ。
それが、今までここぞという時、勝てない要因。
ある一定になると、体が勝手にストップする。
それはもうやめた。もういらない。
自分にまとわりついた鎖を引きちぎる。
できた。
今までで最高の瞬突。間違いなくそう確信できる。
やるねぇ嬢ちゃん『達』は。
初めから、一人じゃなく、二人で戦っていた。
二人分の思いが込められた槍が星の様に翼に襲いかかる。
だが、ここは翼の聖域だ。
「円の7『過去斬り』」
当たる直前、槍が縦に割れた。
翼が到達できた最高難度の技。
現在よりも過去に遡って斬る技で、投げる前に遡り、槍を斬った。
だから槍が割れた。
玲奈の技の威力もなにも関係ない。槍は、投げる前、既に『壊れた物』として世界に認識された。
「藤島流蹴り術「朱月!!!」」
絶対に、逃しません!!
足掻け足掻け、勝ちに足掻け。
意地汚くても、みっともなくてもいい。
ただここにある勝ちを。
「はぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
拾えぇぇぇぇぇ!!!
玲奈の渾身の蹴りを、翼は剣で受け流し胸に掌低打ちする。
受け身を考えてない玲奈のがむしゃらな技。
気を失っている玲奈を翼は腕で抱き留め、風花の横にそっと置く。
たいしたもんだぜ、全く。
それを遠巻きで見ていた三流冒険者達がよってくる。
「ぐへへ、やったっすね、翼さん。後は任してください」
風花達を連れて行こうとする冒険者の腕を切る。
「ぐぅわーいってーーー」
連れてこうとした冒険者はのたうち回る。
他の冒険者達は何が起こったかと、翼から後ずさる。
「約束は約束だ。おぃ上に伝えろ。俺は今から嬢ちゃん達の味方だ。ここから動かすことは、誰であろうとゆるさねぇ」
二人の連携技は、翼に届いた。ほんの僅かだが翼の位置を動かした。
すまねぇーな隼人、どうやら俺は『ここまで』見てぇーだ。