玲奈の決断02
学園長と天音は、入ってきた玲奈の表情に驚いた。
表情がやけに穏やかだった。
玲奈はから回りすると何かに追われ、余裕のない表情になる。
ここ数日は、いつもと同じで、思い通りにいかなくて憔悴しているようだった。
何かあったとすぐに分かった。
学園長派に益があることだといいんですが。
天音はそんな風に思った。
今日ここに呼び出したのは、重要なことがあるからだ。
「よくきたわね玲奈さん。顔がやけにすっきりしているみたいだけど、何かいいことでもあったのかしら」
昨日癒杉先生の所に行ったのは学園長たちは知っていた。
只、内容が分からないため牽制の意味合いで。
「はい、とてもいいことがありました」
玲奈は素直にそういい返す。
「御影さんが帰ってくる算段でもできたのでしょうか」
今度は天音が問いかける。
「それはまだ分かりません。癒杉先生と『契約』をしてくれて、ありがとうございます」
なにかが変だった。いつもの玲奈だったら、自分の正義の元、激高して詰め寄ってきたはずだった。
本来なら喜ばしいことだ。やっと大人な対応になったと、私達が教えた事をやっと理解してくれたのだと。
しかし、その違和感がやけに不利益のように思えた。
「あの、今日呼ばれた用件は何でしょうか」
挨拶もそこそこ、玲奈からきりだした。
それは天音達がなかなか本題を切り出さなかったからだ。
まるで、玲奈の出方を慎重に伺っているかのように。
色眼鏡無しに見れば普通に対応できる。
玲奈は手応えを感じていた。
玲奈より天音達が戸惑っているみたいで、それが少しおかしく思えた。
天音達が望んだ対応をしただけだというのに。
「そうね、天音さん」
「はい、玲奈、貴方にやって貰いたい事があります。この前は自由にしてもいいと言ったのにすみませんね」
学園長が促し、天音が本題を言う。
「いえ、私は『学園長派』なので大丈夫です」
玲奈は強調するように言う。
今日の玲奈には言いしれぬ気迫がある。顔つき、話し方、すべてが冷静そのものだ。
だから言っていいのか、天音は迷う。
これは、学園長派にとって今後を左右する重要な案件だからだ。
本音を言えば、玲奈を入れたくはない。しかし、天音はその案件には参加できない。
そして、戦力が拮抗しているため、どうしても玲奈が必要だった。
しかし、癒杉先生と繋がっているのなら、言うのは危険だった。
迷った末、天音は言うことにした
「次の『フェイルゲーム』に参加してもらいたいのです。鈴音と共に」
鈴音は生徒会書記で序列第八席で戦闘科三年S組。天音の右腕的存在で同じパーティーメンバー。
玲奈は少し驚いた表情になる。
鈴音は戦力的にはナンバー二で、天音の懐刀なはず。滅多な事では危険な事には参加させなく、フェイルゲームには表立って出たことはない。
ということは、出さなければいけないほどせっぱつまった状況あるのだと玲奈は思った。
これが将来を左右する選択。玲奈が逃げてきた選択。
玲奈は問わなければならないことがあった。
「その前に二つ教えてほしいことがあります」
「なにかしら」
天音は、慎重に窺う。この選択を間違えれば、玲奈を失う可能性があると思ったからだ。
平時なら痛いが、仕方ない。学園長も天音も期待していたが、そろそろ見極め時だと思っていた。
というのも玲奈は正義感が強すぎて、毎回色々なことを教えてきたが、トップになるには考え方が幼稚すぎて失敗するだろうとの見解に至った。
玲奈が最有力だったが、候補は何人かいた。
来年には、玲奈の妹が入学する。貴族派に入る可能性が一番高いが、このフェイルゲームで勝利すれば五大派閥でトップになる。
貴族派がなくなれば来てくれるだろうと。
その為には、是が非でも玲奈が必要だった。
天音は自身がフェイルゲームに参加できたらと思うが、今後の事も考慮し、派閥の人間に託した。
昨日、フェイルゲーム執行部隊から概要を聞かされた。
いつもは、日にちと防御対象だけ聞かされるが、今回は条件が違った。
今回みたいなフェイルゲームは何回かあったが、この目的は戦力を削ることとメダルの大量入手。
相手も必死だ。おそらく最高戦力で向かってくるだろう。
クラブ派の人間には協力を取り付けた。
攻撃側も防御側も四人づつ。
学園長派は二人必要で、一人は鈴音で、もう一人は玲奈にしたかった。
二人以外にすると協力してもらうクラブ派と対等にならないし、戦力的にも一段落ちる。
元々学園長派はここ数年で戦力が低下し、序列一位の天音、八位の鈴音がいるため、対等に渡り合っているように見えるが層が薄い。
第三十席以内を見れば、十五席の玲奈の次は二十六席の一人だけ。クラブはS級クラブだが色んな派閥の人間が在籍している。
らしくないな。
天音はふっと息を吐く。
緊張していた頭を覚ます。
私は誰だ、天野川天音だ。この時のために全てを犠牲にし、のし上がってきた。
理想とする玲奈の兄の様に。
玲奈は自分でも驚くほど自然と言葉がでた。
「天音さん、違う人種の人間との融和は可能だと思いますか。それと天音さんの目標を教えてください」
玲奈がずっと聞きたかった事。
天音さんがなにを目指し、私のやりたい事が本当に可能だと思っているのか、を。
「ええ、可能だと思っているわ。私もそれが一番だと思っている。でもね、現実はそんなに甘くはないの。努力はしているけど人の根本的な考えは変わらないわね。私達が生きている間に、解決できればいいと思っているけど。私の目標は貴女のお兄さんみたいに、自分の派閥をトップにする事よ。それ以外はないわ」
天音の本音のように思える。仕草も真摯的な態度も、語りかける様な優しい声も。
しかし玲奈は分かってしまった。
それは家族が、他の人達に見せる仕草とよく似ていたから。
そして父によく言われた。
嘘一辺倒だとばれる。本当のことだけだと馬鹿を見る。本当のことと嘘を織り交ぜるのが交渉事だと。
玲奈は天音に聞くまで選択を決めてなかった。
もし本当のことだけを話したのなら、協力して、学園長派にいようと。
玲奈は徹夜したのに心と体がすっきりしていた。
靄がかかっていたのが晴れたような感覚。
玲奈は内ポケットから封筒を二通取り出す。
「今までお世話になりました」
それは派閥の離派届けと、クラブの退部届け。
「最初から決めていたことですか」
天音は内の動揺を隠し、玲奈に問う。答えは完璧だったはずだ。目標は本当のことだし、玲奈に沿った返答だったはず。
玲奈の顔を見る。やけに輝いて見えた。
天音の錯覚かもしれない。しかし、天音が無くしたものを持っている。そんな気がした。
「いえ、天音さんの言葉で決めました。癒杉先生には、今回の御影さんの件は天音さんをはめるための作戦だったことと覚悟が足りないと言われただけで、誓って学園長派に不利益なことはしていません。天音さんには本当の事を話してほしかった。耳障りの良い言葉じゃなく本当の事を。これから私は自分のクラブ、自分の派閥を作ります。小さくても志を共にする仲間達と。そして私は兄でも妹でもなく『藤島玲奈』です」
玲奈が帰った後、陰鬱とした空気で二人は封筒を見る。
最後の最後で、天音は見誤ってしまった。故にこの結果。玲奈の覚悟を甘く見ていた。前ならあの言葉で納得していたはずなのに。
「天音、人の成長は早いものですね」
「そうですね、嫌になるくらいに」
玲奈は短期間で驚くほど精神的に成長した。
本来なら喜ばしい事だが派閥にとってみれば最悪の形になった。
最後の言葉が胸に刺さる。
結局天音達が見ていたのは、玲奈の父や兄や妹だという事を。