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夜中の訪問者達02


「取引ねぇ~。いっとくが、俺との取引は高いぜ」


 ギーレンとの取引は、べらぼうに高い。そのぶん、難しい依頼も達成し、成功率の高さから、依頼は後をたたない。


 御影にはそれをできるだけの対価が無いようにギーレンは思う。


 だとすれば売り込みか。


 確かに、御影の強さは身を持って知った。御影が配下に加われば、使い道は腐るほどある。しかしギーレンはそんな風には思えなかった。


 とりあえず相手ので方次第だなぁ。


「まず、俺が提供できるのは食と治癒だ。今日子の精神を治し、ミュンさんの娘さんを治してたのは俺だ。だからミュンさんは証人としてここにきてもらった」


「おい、馬が逆立ちするぐれぇー信じらねぇーがが本当の事か」


 ギーゼルは胡散臭さげにミュンを見る。


 今日子の顔色が良いのは、ギーレンはみて分かった。


 間一髪で助けたとき、疼くまりぶるぶると震えていた。事件が終わった日にはある程度落ち着いたが、潜入している違う部下の報告から、眠ると思い出すらしく、頬もこけ、顔もいつも眉間に皺を寄せている状態だと聞いた。


 今日見た今日子の表場からそれは伺えない。


 今日子はふてくされたような表情をしているが健康そのものに見える。


 精神を治癒する魔法は存在する。


 恐ろしく高難度で使い手は少ないがあるにはある。


 しかし、ミュンの娘はそれとは訳が違った。


 つい一ヶ月前、ミュンが不在の時、家に強盗が押し入り、娘が尻尾を根本から斬られ、瀕死の重傷で発見された。


 ミュンの家にはギーレンの手練れの部下、自信が雇ったダンジョンランク五十台の冒険者達を配置していたが、全てが殺されていた。


 ギーレンやミュン達が血眼になって探しているが、未だ犯人は分かっていない。


 娘は一命を取り留めたが、体が腐敗し、魔法による治療や薬、高額な『星の奇跡』を使い、何とか命を保っている。


 だからあり得ないのだ。それこそ眉唾物だが心ダンジョン八十台をクリアするほかに。


 しかし、御影はその資格はなく、今までクリアした物がいないからこその都市伝説だ。


 だったら。


「あら、あなたはそんなに常識に捕らわれる人だったかしら。私が証人になるわ。御影殿が娘のスノウを魔法で治してくれたことを。本当に感謝しているわ、だから今回は御影殿に味方するわ」


「驚いたぜ、てめぇがそんなことゆーとわな」


 本当にそうね。ミュン自身も、未だに自分の感情じゃないように信じられない。


 ミュンが人間を信頼するのは珍しい。


 ミュンは人間を畏怖し憎み、心底嫌っていた。商売場人間と接する機会は多いが、分厚い面の皮で覆っている。だから彼女の部下の大半は亜人だ。


 そんなミュンが、娘を治してくれたとはいえ出会ったばかりの御影に心を許すなんて、今までの彼女じゃ考えられなかった。


 しかし、今の自分の感情はミュンは嫌いではなかった。


 もっともミュンが出来る事は、取引の公平性と、アドバイスぐらいだったが。


「そっちは分かった。なら食ってゆーのはどういう事だ。そんな大金持ってるようにわ見えねぇーが」


 とりあえず、ギーレンは問題を後回しにして、御影が取引材料で言ったもう一つのことについて追求する。


 食はスラムの中でも問題となっている。しかし御影が一人できるなんて世迷い言を信じる気はない。


 しかしそれは覆される。


「見てもらった方が早いな。これだ」


 御影も実際に見せないと信じてもらえないのは分かっていた。


 言葉だけで信じるのには、信用が足りないし、問題が大きい。


 御影は虚空から取り出したのは文字が書かれた黒いお盆。


「これは、魔力を使うことによって、食べ物に変わる魔道具だ」


 ギーレンにお盆と皿を渡す。


「食べたいものを想像しながら、魔力を流してくれ。食べたいものの度合いによって、魔力の消費は違うが、そんなに消費はしない」


「おう分かった」


 とりあえずやるか。ステーキがくいてぇな、分厚いステーキが。


 お盆に魔力を流し、想像する。


 魔力が抜けてく感覚がし、消費が止まった五秒後出てきたのは想像通り熱々の分厚いステーキだった。


 何じゃそら。


 やったギーレン自身狐に摘まれたようで、今日子やミュンも知らなかったのか息を呑む声が聞こえた。


「御影殿、私も使ってみたいですわ」


「自分もっす」


「まだあるから、やってみるといい」


 御影は新たに出したお盆を渡し、ミュンと今日子は早速試してみる。


 ミュンのお盆にはふわふわのお揚げ、今日子のお盆にはぷっくらしたほわほわのパンケーキ。


「食べてみてください」


 御影の合図で三人は食べた。


「うめぇーな、おい」


「あら、すごく上手いわね」


「悔しいけど上手いっす」


「自分が想像したものだから、まずいはずがない。このお盆を六つ用意できる。魔力さえあれば、食事の問題を解決できると俺は思う」


 それが本当ならお盆一つで国宝級の扱いを受け市場価値は計り知れない。


「俺が貴族に渡すとは考えねーのか」


 これを貴族にや王族に渡せば、一躍ギーレンは貴族の仲間入りだ。


 あえて下劣な笑みで、御影を見る。


「そんなことをやる人間ではないな」


「なぜ分かる。この前は敵同士だったし、あったのも初めてだ、てめぇーに俺のなにが分かる」


「確かに俺はお前の事は何一つ分からない。だが、お前はスラムのトップだ。そんな人間、いや、狼人がそんなことをするはずはない」


 最初から何もかもお見通しだったってわけか、かなわねぇーな。


 誰かが言ったとは思えない。それでも最初から亜人と分かっていて、あり得ないほどのものを取引材料として提供してきた。


 ギーレンは格の違いを見せつけられた。度量も懐の深さも。


「で、見返りとしてなにがほしぃーんだ」


 これだけの条件だ、なにを要求されるのか、ギーレンは皆目見当がつかない。


 トップを辞めろというのなら従うほかにない。それほどの対価だ。


 御影が望む条件は最初から決まっていた。


「俺が望む条件は三つだ。一つ目は情報網が欲しい」


 これは想定していたことだ。ギーレン達の情報網はこの都市では五本の指に入り、より正確に、素早く各の動向が手に入る。


 ギーレンの情報でも、御影に注目しているところは多い。


 敵対勧誘興味等々派閥によって様々だ。


 だから、ギーレンは自分達の情報網が欲しいというのは、御影が取引を持ちかけてきた段階で想定していたことだ。


「分かったぜ。情報が手に入ったら御影に教えよう。次はなんだ」


「二つ目は、今日子がほしい」


「はぁ、まぁ確かにみてくれはいぃーがよ」


 ギーレンは虚を突かれた様子で御影に答える。そんなこと言われるとは思いもしなかった。


 確かにもてそうな顔ではねぇーがよ、女に困っている印象がなかったんだけどな。


「うわっ、最低っす、鬼畜っす、女の敵っす」


 今日子は嫌悪感で体を震わす。もちろん事前に話は聞いているので演技であるのだが。


「御影さん、それじゃあ言葉不足でないのかしら」


 ミュンがやんわりと助言し、御影は付け足す。


「戦力として欲しいという意味だ。スパイとして身元がばれ、退学するのと聞いて、なら、俺の元に来て欲しいと誘った。今日子は、ギーゼルの許しがないと決められないと言ってたからな。最も、表のクラブじゃなく『裏』のクラブの一員として鍛えるつもりだ」


 御影は自前の情報網も作るつもりだ。だからそういう面で長けた人物をスカウトしている。


 今、裏のクラブに在籍しているのは御影ともう一人だけで、今日子が入れば三人だ。


 こちらは絶対に抜けることはできず、御影の作った魔法契約書にサインしたもののみだ。


 その文面は一文のみ。


 クラブを辞めず、御影を裏切らないことだ。


「俺としちゃー、今日子がいないのは痛いが、後に返してくれるって言うんなら本人の好きにすりゃーいい。今日子よぉ、おめぇーはどうなんだ」


 ギーレン側にもメリットがあることだ。確かにスラムの戦力的に期待していただけに厳しくなるが、今までと同じと思えばどうってことない。むしろ鍛えてくれるというならば将来的にはそっちの方がいい。


 今日子はギーレンの目を見て、瞳に力を込め言う。


「自分は影さんの所で力をつけるっす・・・・・・ボス、今までありがとうございましたっす」


「そうか、こいつのことよろしく頼むな。所でよぉー、普段はあのキャラは継続すんだろ」


「それは当然だ。変えたら怪しまれる」


「あんまりっす」


 今日子は頭を抱えよろよろとよろめく。

 

 俺をいじるのは十年早いぜ全く。


「で、最後は」


 何を言われても了承しよう。


 このときのギーレンは、そんな事を考えていた。


 変身は既に解除している。御影と対等に向き合いたかったからだ。


 やはりスラムの人達は心地いいな。


 もちろんお世辞にも良い人ばかりとはいえないが、貴族ほど腐っちゃいない。


 御影の生き方が、スラム寄りだからそういう感情になる。


「最後は俺もスラムの改革に協力させてくれ」


















「それを聞いた時は、俺もたまげたぜっ、そりゃ無理だってな。それにこっちは大歓迎だ。だから何を考えて条件に入れたのかわかんねぇ。だかよぉ、御影が本気だって言うことだけは分かった。娼館で病気になっているものの治療、どこかを悪くして引退した冒険者の治療や体調が悪い人の治療、野宿している子供達の住処、家を守るための防衛魔法陣。孤児院のむすめっこを治した時、それだけのことをやった。まだまだ足りねぇが、すさまじぃを通り越してうすらさみぃーぜ。おかしすぎるだろ。御影にとっては見ず知らずの他人だ。そんな奴のために無償でやるなんてよぉー。スラムの住人で神様と拝めている奴もいるぐれぇだぜ。しかも、これが御影が居ないときの計画と今後の計画書だ」


 渡された計画書を院長先生は見る。なるほどと院長先生は思う。


 御影ががいないときの計画は、実現可能な計画だ。木材の切り出し、資材の買い付け、渡された薬とお盆以外の魔道具の使い道。


 しかし、御影が帰ってきた後の計画は、夢物語だ。


 だけど御影なら達成してしまうだろうと院長先生は思う。


 だというのに、先生はいつになく厳しい表情だ。


「ギーレンが騒ぐのも無理ないわよね、誰だってこんな計画書を見たら信じられないですもの。ギーレンも御影さんの目的を探っているのでしょう。スラムを助け、御影さんに得する事があるのでしょうかと。私が思うに御影さんは見返りなんて求めてないと思うの。あるとすれば人材の発掘ぐらいかしらね」


 これは院長先生が長年培ってきた経験に基づく勘だ。


 院長先生が見た御影の印象は、勇者か英雄だ。良い意味でも悪い意味でも。


「ここは間違いなく発展すると思う。私達には力がなかった、抗う力も変える力も、物語の主役はいつだって、男の子なら勇者か英雄、女の子なら聖女か聖騎士ね。誰だって一度は憧れる者でしょう。本の物語だと主人公の醜い場面なんてないわよね」


「そりゃー物語の話だ。人ってのはそんなきれぇー事ですむはずはねぇ」


 ギーレンは、胸糞が悪くなり唾を吐きたい衝動に駆られるが我慢する。


 吐いたら院長先生に長時間説教されるからだ。


「そうね、そんなのは人じゃない。でもね御影さんは少なくともここの事はそう思っている。だから、ここも巻き込まれてしまったのよ、御影さんが起こすうねりにね。学園でもそういうことがあるんじゃないかしら」


 確かに、とギーレンは思う。


 ここ最近の学園での事件や事故には、必ず御影が関わっている。


 今回の事もそうだし、入ってきている情報から、これから起こる対立にも関わっていくであろう。


 ギーレンにも院長先生がなにを言わんとするのが朧気ながらにわかってきた。


「物語のメインキャストには必ず危機が訪れる。勇者は敵を倒し、又味方も犠牲になる事もある。おそらく、これから学園は御影さんを中心に回っていく、敵味方関わらずにね。そして巻き込まれてしまったものは無事ではすまない。これは一種の呪いみたいなものね」


 もちろん御影が悪いわけではない。それは院長先生も分かっている。


「食事の改善やオルンやスノウを治療してくれたことは感謝しているわ。でもね私は御影さんが怖いの。私達は英雄にはなれなかった。今は私達は良い歳だし英雄について行くのはいつだって若い子達だわ。岬さんやレータさんもあのまま行動を移していたら酷いことになっていたわ。それこそ死よりも恐ろしいことに・・・・・・御影さんに巻き込まれたばかりに。だからスラムの子達は巻き込まれてほしくない。けど、もう既にスラムの人達に御影さんはなくてはならない存在になってしまったわね、そうでしょう」


「すまねぇーな婆、そこまで考えてなかった」


 もはや、スラムから御影を外すなどあり得なかった。外したのがばれたら、それこそ暴動が起きる。


 これからもっと御影はスラムの人達にはなくてはならない存在になるだろう。


「動き出した歯車は元には戻らないものよ、悲観したことばっかり述べたけど、スラム人達にとっては良いことだと思っているわ。少なくとも何も知らない人達や助けてもらった人達はね。だから、協力関係は継続すべきよ。裏切ったら駄目よ、誰になにを言われてもね。きっとその方がいい結果になる。これからどうなっていくか私にも分からないわ。私の考えすぎかもしれないし、栄光か破滅か潰されるか残っていい思いをするか誰にも分からない。だからこそ、私達が守るのよ、今度こそ。来るべき厄災に備えてね」




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