フェリスとの交渉02
「ふん、無駄なの。びた一文負けないの」
フェリスは確信をもって、勝ち誇るような表情で見上げる。
ちっ、見透かされたか。
舞先生は心の中で悪態をつく
交渉事は隙を見せれば負ける。
そして、フェリスは始まる前から確信していた。
癒杉舞は御影友道を必ず助ける・・・・・・と。
フェリスにとって御影は下僕で金の小槌、金蔓だ。これからもいてもらわなければ困る。
しかし、今回舞先生側からアクションをおこしてきのでピンときた。
これはチャンスだ。
癒杉舞は・・・・・・で五大派閥のトップ。
メダルの存在は知っていた。
ほかの派閥に売れば、大金が転がり込む。
そして・・・・・・にも。
とれるところでとって何が悪い。
今現在癒杉舞舞は一番メダルを持っている情報が入った。
ほんとに・・・・・・下僕は役に立つの。
「剛我、お前は義理堅い存在だと聞く、お前もフェリスの意見に賛成か」
舞先生は方向性を変えることにした。
フェリス陣営の情報は、派閥の情報部から、性格、生い立ちや今日までのありとあらゆることを知っている。
そして、剛我は情に厚い存在だ。幾度となく御影に助けられた。今回のことは恩を返すチャンスだ。
それを仇で返す行為は心苦しいはずだ。
事実話し合いの途中から、苦悶の表情を浮かべ下を向いている。
「俺は・・・・・・」
「剛我に当たらないでくれますか」
剛我が何かいう前にジュリがかぶせるように抗議する。
先生なのでさしものジュリも一応敬語だが、顔はありありと不機嫌だ。
ジュリはフェリスの援護射撃をしたわけではない。只、彼氏の剛我に矛先を向けられたのがおもしろくなかっただけだ。
ジュリも今回の事は思うところはあるが、感情が先にでてしまった。
交渉事で感情を優先するのは下も下だが、今回に限っていえばフェリスに有利に働いた。
ジュリは剛我の幼なじみにして付き合っている人物。硬派で人格者の剛我に比べ、気まぐれで感情的なジュリ。
実力や精神面で剛我より一歩も二歩も劣り、なぜ付き合っているのか、舞先生は推測はできるが理解できなかった。
大方幼なじみから自然となったのだろうと。
獣人だとしても剛我だけだったら引き入れたい人物だ。最も優先順位はかなり下だが。
「メダル五枚だ」
舞先生が所持しているメダルは二十五枚。フェイルゲーム終了時三十一枚持っていたが、取引で二十五枚に減った。
確かにメダルは減ったが、長い目で見れば大きなアドバンテージになった。
しかしこの取引は舞先生側にうまみが全くない。
なにが悲しくて、御影の契約主のフェリスに十枚払って破棄と救助依頼を出さねばならないのだろうか。
本来ならフェリス自身が助けを求める立場だ。
岬といいフェリスといい・・・・・・。
ここまで虚仮にされたのは初めてだった。
今までも今も、舞先生は絶対強者の存在として畏怖と敬意を集めていた。
少なくてもなめられたり、嘲りをうける対象ではない。
昔はそういったものもいたが、実力でねじ伏せてきた。
御影のせいでそういった輩が増えてきたのか。私は弱くなってしまったのだろうか。
御影は舞先生が初めて対等だと思える存在だった。
御影がいるからあの事件でもクラブメンバーを守ったし、逆に御影がいなかったら、依頼を受けなかったら見殺しにしていた。
本来舞先生は合理的主義者で、その線引きははっきりしている。
何かあったとき、優先順位はまず参謀の隣と苺、次に仲間、そして依頼された対象者。
他の人物は切り捨てられる。例え自分を慕っている生徒や気にかけてくれる同僚や先輩の先生が犠牲になったとしても。
そうやって、数々の勝負に勝ってきた。
そして今優先順位の一番は御影だった。
舞先生にとって御影はブラックボックスのような存在だ。
初めて対人戦で敗北を味あわせてくれた男。自分の知らない知識を持っていて、かと言って基本的な知識を持たない男。
レベル九十台に挑んでから今まで舞先生の心は枯れていた。
五大派閥の戦いも先生としての生活もどこか空虚だ。
それを満たしてくれたのが御影だ。
御影といると退屈せず、毎日が驚きの連続。
御影は時には嫌そうにしながらも、約束は必ず守る。
そして、御影は完璧超人に見えるがそれは違うと舞先生は知っている。
他の人には見せてないが、ほんとは人一倍努力家で、クラブやフェリスの用事、ダンジョン探索が終わった後、自分の訓練の時間に当て、この世界の事を知るため一生懸命勉強している。
舞先生は時には付き添ったり、勉強を教えたりしてきた。
誰もいない練習場で御影の訓練を初めて見たときの衝撃は一生忘れないだろうと確信している。
舞先生自身の訓練が遊びに見えるほどに。
御影に頼んで舞先生は一緒に訓練したが、最初は三十分と保たなかった。
この世界でトップクラスの実力を持っている舞先生をあざ笑うかのように。
そして舞先生は思う。
まだまだ上にいけると。
御影といると楽しかった。
乾いた土を水で満たすかのように。
「十枚なの」
舞先生はがんとして譲らないフェリスを見る。
扉の前では、レータが脅えるように待機していて、舞先生が了承すれば、即座に契約する腹積もりだ。
舞先生はフェリスの事を哀れに思う。
これでは裸の大将だ。
志、気持ち、目的、全てがバラバラの方向に行っており、只集まっているだけ。
まるで喜劇の主人公の様だな。
「・・・・・・七枚だ」
「十枚なの」
フェリスは恐怖によって支配しているのかもしれないが、舞先生から見ると、信頼関係は皆無で酷く脆い。
まるで決壊寸前のダムの様だ。
なのにこれほどまでに強きなのは不思議だ。
『今の実力』は、紙のように弱いはずだ。
護衛も御影以外は素人同然。
御影がいない今、殺そうと思えば赤子の手を捻るより簡単だ。
しかし、フェリスは譲歩はいっさいしなく、強欲に突き進む。
五大派閥のトップを敵に回すとはどういう事か分かっているはずだ。
でもフェリスは引く気はない。
まるで・・・・・・を知っているかのように。
舞先生はあり得ない考えをすぐに消す。
御影は自分の特異性を理解しており、おそらく自分以外には『あの事』は話してないだろうと。
まあ、どうでもいいがな。
「わかった十枚でいいぞ」
譲歩しない人との交渉は、これ以上時間の無駄だ。
本来交渉とは条件のすり合わせだ。
最初にお互いの上限をいい、どこまで相手の譲歩を引き出せるかが鍵だ。
あまり自分の我を通すと信頼関係が失われる。
まして一向に上限から条件を落とさないのは問題外。
交渉のなんたるかを分からない児戯に等しい。
「レータ、入ってくるの」
待機していた事務員のレータが入ってきて、三枚の契約書を机に並べる。
メダル十枚の譲渡契約。
フェリスにに来た契約の破棄。
御影の救助依頼。
既にフェリスのサインはしてあった。
舞先生は内容を確認後サインする。
フェリスはどや顔で見下すような眼で舞先生を見る。
癒杉舞・・・・・・噂ほど大したことないの。
幼少の頃から聞いた舞先生の噂。
冷徹で冷静で残忍。
孤高の狼のような存在に移っていた。
密かに目標としていた。
しかし今回のことで見損なった。
フェリスにとって自分以外どうでもいい。
世の中は私か私以外か。
自分なら誰であろうと切り捨てられる。
こんな事ならもっとむしりとれば良かったの。
フェリスは逆の方向に反省していた。
そして、舞先生の目を見て戦慄する。
それは絶対強者の気配、フェリスが噂で聞いていたのと同じ、心臓が止まる程の眼孔。
蛇に睨まれた蛙。
寒い・・・凍えるの。
フェリス達は体を抱きぶるぶると震えていた。
舞先生は契約書を手に取り、もう用がないとばかりに席を立つ。
扉の所で振り返り。
「喜べ、貴様達は・・・・・・の敵になったぞ」
この学園であまり知られていない事実。
それを教えたのは舞先生からの宣誓布告の証だ。
舞先生がフェリスを明確な敵として認識した瞬間だった。
舞先生が出て行った後、フェリス達はようやく体の震えが止まり上手く息ができるようになった。
フェリス以外皆表情が不安げだ。
「・・・・・・御影がいる限り大丈夫なの」
矛盾した言葉。
しかしフェリスは確信があった。
御影友道はフェリス・D・クリスティナの事を絶対に裏切らないと。