出会いました
リーデハルトは過去騎士団に所属していた現ギルド職員である。さらに言えば同胞から愛され過ぎて夜寝て起きたら一国が滅亡していたタイプの元Sランク冒険者である。
彼が騎士団に所属するきっかけとなったのは、ダンジョンを攻略しようとしたらある青年と出会ったからだ。
その青年というのがコルデ・ホーザ王国の第一王子であるメラン。金髪碧眼の王子様らしい見た目をした王子様は専属使用人のクルールと共に、武者修行として王国付近に存在しているダンジョンに潜っていた。
第一王子なのに大丈夫なのかと聞いたら「スペアの弟が産まれたから大丈夫」とのことだった。それでいいのか第一王子。
「アンタSランクの【良心】だろ。暇か? 暇だよな? ちょっと俺と一狩りいこうぜ」
そんな言葉を投げて誘ってきた第一王子の隣で使用人のクルールが真っ青な顔で震えていた。それはそうだろう。Sランクといえば災厄・災害と同一視されている化け物だ。
その中でもSランクの「良心」と言えば、他のSランクから執着されているまさに台風の目のような存在である。
中心であるリーデハルトは穏やかだが、ひとたび周りのSランクに目をつけられ巻き込まれたが最期。
彼に手を出そうとして一国が滅亡したのは記憶に新しい。そんな相手に軽薄に声をかける第一王子は相当の大物だと言えるだろう。
自分のうっかりで同胞を暴走させてしまったリーデハルトは悩む。
もしこの誘いに乗ってしまったらこの前のような惨劇を繰り返すのではなかろうか、と。倫理を説かねばならない立場の自分が反省も後悔も自戒もせずに、ただ面白いと思っただけで首を突っ込んでいいのか、と。
「うん。いいよ、行こう」
ほんのわずかだけ逡巡した彼は至極あっさりと頷いた。好奇心に負け、探求心に負け、自分に負けたSランク。
帰ってから説明すればいいやと考えた彼の思考は、刹那主義のまま改善していなかった。
リーデハルトの言葉にメランは面白そうに笑う。引き換えにクルールの顔面は蒼白となり、視線が泳ぎまくって今にも泣き出しそうだ。可哀想に。
「ところでどこまで行くんだよ。俺城の連中に黙ってきたから今日中に帰らねえといけねえんだよな」
「最下層だけど。何も伝えずに? 道理で軽装だと思った」
さらっと伝えたリーデハルトに傍で聞いていたクルールは愕然とした。
ダンジョン最下層と言えば宝神器が眠る宝物殿があるが、その手前にはダンジョンボスが存在している。
このボスを倒さなければ最下層には辿り着けず、Sランクなら片手間もかからないのだろうが、ダンジョンボスは並みの冒険者では太刀打ちできない強さを誇っている。
ダンジョン研究者の間では宝神器の守護者ではないかと仮説を立てられているモンスターだ。
撤退しようにも侵入者を排除するかのように執念深く追い掛けてくるため、冒険者の間ではボスの擦り付け合いが問題視されていた。
軽装も軽装、ダンジョンに潜るとしてもせいぜい日帰りの五階層が限度であろう装備と食料しか用意していないクルールは今にも吐きそうだった。
第一王子である自分の主に突然拉致され、ダンジョンに潜るけど誰にも言ってないからバレないようにと厳命され。
命令に逆らえないクルールは指示に忠実に従っただけなのに、何故か今己の主は災厄の化身Sランクと意気投合仕掛けている。逃げ出したい、切実に可哀想な使用人はそう思った。
弟であるファーベならきっと上手いこと王子を言いくるめてさっさと離脱するだろうに、兄である自分は何故こうも要領が悪いのか。
うっかり世のすべてを呪いかけたクルールはバクバクと駆け巡る心臓を抑え俯く。
専属使用人がそんな可哀想な事態になっていることに気付いているが無視した非情なる第一王子は、変わらぬ調子でリーデハルトと会話を続ける。
「流石に一人だとやべえからクルール引き摺って来たんだけどよ、まあ帰ったら怒られるよな」
「へえ、なら私がついていってあげようか? これでもSランクだし、怒られる以前の問題になると思うよ」
「マジ? そりゃやべえな! じゃあダンジョン止めて今すぐ行こうぜ。いやぁ、愉しくなってきたな!」
悪戯っ子のようなメランとは対照的にクルールはもはや魂が抜けていた。ああ可哀想に。いや本当、可哀想に。