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第二の門

 手を繋いで走っていたシアンとミスティは、階段の上で立ち止まった。


「あ、あれかな」

「あそこだわ」


 二人が階段から下を覗き込む。部屋の奥、扉付近から少し離れたたまり場に十六名の武装した侵入者がいた。

 大剣を持った黒髪の少年を中心にして何かを話し合っている。

 白いローブを纏ったヒラヒラした服装の女性が不安げに後方の扉を窺い、隣の聖騎士らしき男がその肩に手を置いた。それぞれの表情には緊張感が宿り、真剣そのものである。


「おもっていたよりもおおいわ。ここまでくるなんて、あのひとたち、つよいのかしら」

「多分わざと寄越したんだよ。各自二人が相手って所かな。エグチさんらしいや」


 シアンとミスティが身を寄せてこそこそと話し合う。大きな瞳をぱちくりと瞬かせ、順繰りに十六名を確認していった。


「どうする? どれがたのしそう?」

「うぅーん。……あの大剣の人、勇者って呼ばれてるから、あの人は除外かなぁ。先に倒したらレオンが癇癪を起こすだろうし。そこの眼鏡の人も側近っぽいし、あの女性は回復魔導師かな」

「それなら、おんなのひとはけってい?」

「うん。回復魔法が使えるなら、長く戦えてきっと楽しいよ」

「じゃあ、あのよろいのひとも?」

「そうだよ、聖騎士も回復魔法使えるから。よく勉強したね。偉いよ、ミスティ」

「うふふ、ハルトとシアンのおかげね!」


 くすくすと声を潜めてミスティが笑う。白い髪がシアンの頬を擽り、少年も思わず笑いをこぼす。

 どうやって登場しようか相談している内に、侵入者の話し合いが終わったらしい。罠を警戒しながら進んでくる姿に二人は顔を見合わせた。目だけで意思の疎通を図れば、一度頷いてから階段を飛び降りた。


「よくぞここまできた! わたしのしかばねを、こえていきなさい!」

「ミスティ、それ違う」


 突如現れた子ども二人に、侵入者達は驚いて足を止めた。階段の手前で立ち塞がる二人をまじまじと見遣り、戸惑った声で呟く。


「子どもが、どうしてここに……」

「まさか魔王は、こんないたいけな子ども達まで使い潰すつもりか……ッ!」

「なんて奴なの、許せない……ッ!」


 大いに盛り上がりだした集団に、ミスティが首を傾げる。


「ここであったがひゃくねんめ、のほうが、よかったかしら?」

「それも違うかなぁ。誰に教わったの?」

「レオンのごほんにかいてあったわ」

「あいつかー」


 シアンが額に手を当てる。ふうと疲れたように息を吐き出せば、取り直したように侵入者へ目を向けた。緑がかった明るい青髪をかき上げ、ばさりとマントを翻す。


「そこの魔導師の女と隣の鎧男。君達は僕がお相手しよう」

「えっ? わたしの……じゃあ、わたし、うしろのふたりのあいてする」


 少年の言葉にその場にいた全員が困惑した。ミスティは選ぼうとしていた相手を失って眉を下げる。きょろきょろと十六名を見回して、苦し紛れに後方にいた兵士二人を指名した。

 黒髪の少年が前に進み出た。


「えっと、俺たちは……?」

「……勇者の相手は僕達じゃない。先に進むがいい」

「えぇと、どうも……?」


 納得がいっていない顔で、指名されていない十二名が階段を駆け上がっていく。それらを見送っていたミスティが振り返り、気持ちを取り直すようににっこりと笑った。


「じゃあ、おまつりのはじまりね。ふふ、たのしいこと、しましょ?」


 ふわりと風が吹き、少女の豪奢なドレスがひらりと舞う。ミスティの掌から霞が漂い、風に溶け込んだ。部屋を囲うようにだんだんと風が荒れ狂い渦を巻く。


 激しく吹き荒れる風に、部屋に残った侵入者四人が咄嗟に手や腕で口を塞いだ。聖騎士が眉をひそめ、回復魔導師が目を見開く。慌てたように後方の兵士に振り向くが、判断が遅かった。


 一人が血を吐いて倒れる。くずおれた体はぴくりとも動かない。

 もう一人の兵士は首をかきむしっていた。口を大きく開いて息を吸おうと試みるが、呼吸が出来ずに震えている。

 どんどん顔色が悪くなっていく兵士に駆け寄った回復魔導師が、早口で治癒魔法を唱えようとした。


「我が神よ、正義の名の元に災いを打ちは、ごほっ」


 胃の奥に熱が溜まる。込み上げてきたそれに耐えられず呪文を中断して咳き込めば、真っ赤な血泡を吐き出した。次から次へと沸き上がる熱に掌で口を押さえるも、際限なく溢れていく。

 急激に血の気が失せ体から熱が失われる。がたがたと震えだした魔導師が踞って息を整えようとするが、咳が止まる気配はない。


 ミスティが無邪気な笑みのまま女に近付いていく。

 聖騎士が剣を引き抜き魔導師を庇おうとしたが、後ろからの攻撃にその場を飛び退いた。

 

「何をしている、ハワード!」


 血を吐いて倒れていたはずの兵士が槍を構えていた。瞳孔が開ききった瞳は濁り、開いたままの口からはぼたぼたと血が流れている。


 予備動作もなく距離を詰めてきたハワードの鋭い突きに、聖騎士が剣を盾に攻撃をかわした。舌打ちして力任せに押し返す。

 僅かに距離を取り剣を持ち直せば、ハワードの腰から肩にかけてを斬り上げた。肉を断つ感触に顔をしかめる。大きく開いた傷口から内臓がこぼれ落ちた。


 しかしハワードの動きは止まらない。床に落下した腸を踏みつけて槍を突き出す。聖騎士が槍ごと腕を叩き斬っても、それは動き続けた。

 残っている腕を鞭にようにしならせ殴りかかる。可動域を無視した攻撃は人体の破壊を伴って、動くごとに関節の砕ける音が響く。


「死霊術か、なんて悪辣な……ッ! 子どもだと思い情けをかけようとしたが、やはり魔王の手先も悪魔だったか!」


 ハワードだった何かを見て聖騎士が激昂している。シアンは両手で死体を操りながら、仲間と戦う男を笑って眺めていた。



 首をかきむしっていた兵士が白目を向き泡を吐く。ぐらりと傾いで倒れた拍子に、腰につけていた短剣が外れて床に転がった。

 足元に落ちたそれを拾ったミスティは、にこにこ笑顔のまま魔導師に近付いていく。


「ねぇ、あなた。なまえはなんていうの?」

「どうして、こんなことを……改心すれば、げほっ、神は、あなたを許してくださるわ」

「ねぇ、おなまえは?」

「まだ遅くない……改めなさい、あなたは、まだ、小さい子どもじゃない!」

「もう、きかんぼうね。もういいわ」


 ミスティが短剣で女の太股を刺した。そのまま下に下にと傷を拡げていく。

 女の悲鳴が響く。先程までの戸惑う表情は消え去り、恐れと痛みと怒りで歪んでいた。回復するための呪文を唱えようとするが、喉を刺すような痛みに言葉が続かない。足の痛みで脂汗が滲み、額や頬に髪が張り付いた。


「たのしいかしら、たのしいでしょう? だって、おかあさんもそうだったもの」


 少女が何度も何度も短剣を振り下ろす。血液だけでなく肉片まで抉れて飛び散った。無邪気で純粋で、弾んだ声が落とされる。


「わたしのおかあさんもね、ミスティミスティって、わたしをなぐって、わたしをさして、わたしのくびをしめたのよ。いつもないていたのに、そのときだけはわらっていたの。わたしね、それがとってもうれしかったの! なまえをよんでもらえるのも、うれしくて、うれしかったから、おねえさんもよんであげたかったの。でも、あなたはちがうのね」


 何度も何度も短剣が振り下ろされる。柄まで肉に沈んで、塊が飛び散った。

 女がぜいぜいと息をする。力を込めて床を掻くが、風よりも濃い霞が顔を覆う。吸い込んだそれが喉を刺激した。肺を、胃を、刺すように暴れ回る。

 もがいて手足を闇雲に振れば、少女はより嬉しそうに声を上げた。


「うふふ、そんなにはしゃいで、たのしいのね。よかった! おかあさんもね、そうだったの。わらわなくなったから、おなじこと、してあげたらね、すごくよろこんでくれたの! おおきなこえをだして、てあしをばたつかせて、こどもみたいに! さいごはしずかになっちゃったけど、よろこんでくれたから、いいの。おねえさんもね、たのしんでね。わたしもね、とってもとっても、たのしいわ!」


 にこにこと無邪気に笑みを浮かべる。楽しそうに、嬉しそうに。激痛に体を痙攣させた魔導師を見て、少女はころころと笑っていた。




 聖騎士が襲い来る何かを斬り捨てる。そのまま早口で詠唱を紡げば、糸が切れたように躯は動かなくなった。

 階段付近で戦っていたのに、気付けば出入り口の扉が近くに見える。いつの間にか仲間と大きく引き離されていたらしい。


「ジュリア! しっかりしろ!」


 魔導師と少女の元へ向かおうとした聖騎士の前に、再び兵士が現れる。首をかきむしっていた男だった。


「しつこい……ッ!」


 聖騎士がかつての仲間を簡単に斬り倒す。それを見てシアンがご機嫌に笑っている。

 男から憎悪に燃えた瞳で睨まれて、心底楽しそうに声を上げた。


「ふふ、あはは! 聖騎士のくせに、何のためらいもないんだね! 仲間をあっさり斬り捨てるなんて、滑稽だ!」

「黙れ悪魔! そこをどけぇ!」


 怒鳴りながら男が突っ込んでくる。シアンは笑顔のまま片手を振った。

 振り下ろされた剣と突如現れた杖がぶつかり合い、鋼同士が甲高い音を立てる。

 男の目が見開かれる。唇がおののく。剣を持つ手が微かに震える。杖が剣の側面を滑り、男の手首を強かに打ち付けた。鋼が床にぶつかり、大きな音が鳴る。


「何故だ、ジュリア……!」


 震える唇が紡いだのは、駆け寄って救おうとした女の名前。同じ役目と志を持った、愛しい恋人のものだった。

 魔導師の白かった服は真っ赤に染まっていた。太股は穴だらけで血が滴り落ちている。長い髪は乱れて顔に張り付き、表情を覆い隠していた。例え見えたとしても、感情の抜け落ちた顔をしていたことだろう。


 武器を落とした男の首に、女の細い指が巻き付く。氷のように冷たい指がだった。

 華奢な見た目からは想像も出来ないほど強い力で押し倒される。死者を還すための聖なる呪文を唱えかけた口に、女の無遠慮な掌が押し込まれた。

 片手でぎりぎりと首を絞め上げられた聖騎士が、絞める手を引き剥がそうと爪を立てかきむしる。一向に緩まない苦しさに、脳に酸素が届かず思考がぼやけていく。圧迫される気道が一刻も早い解放を望んでいた。


 ただ助かりたい一心で、苦痛から逃れたい一心で、絞め上げてくる相手を殴る。もはや相手が恋人だったことすら思考から消え去り、上から退かそうと何度も何度も殴り付ける。手甲が魔導師だった躯の頬骨を砕き、顔面が変形した。しかし首を絞める力は変わらない。


 仲間同士、恋人同士の争いに、少年が腹を抱えて嘲笑う。


「あははははは! 仲間をあっさり切り捨てて、簡単に殴り付けて! どこが聖なる騎士だよ、バーカ! 聖騎士だろうとなんだろうと、結局みんな同じじゃん!」


 迸る嗤笑を抑えずに、シアンは二人を指差してげらげらと笑い転げる。


「人間なんかみんな一緒じゃん! 父さんも、母さんも、兄さんも、村の人達も、みんなみんなみーんな同じじゃん! ずっと一緒に暮らしてきたのに、ずっと一緒に生きてきたのに! 何の躊躇いもなくあっさり捨てて、挙げ句には殺そうとして!」


 シアンが叫ぶ。言葉を紡ぐ。もはや聖騎士も魔導師も目に入らず、焦点はどこにも合っていない。過去を回想するように、幻影を見ているように。熱に浮かされた激情が噴出する。


「不作の原因も、飢饉の原因も、流行り病の原因も、家畜が死んだ原因も、水が枯れた原因も、僕じゃないのに! 痛い思いも苦しい思いも、みんな一緒だったのに! みんなそうだ、みんな同じだ! それなのに、そんなに一人の死を願うなら、みんな死んでしまえばいい!」

「――おちつくの、シアン」


 静かな声にはっとした。飛んでいた思考が正気に戻る。息を荒らげながら振り向けば、ミスティがしょんぼりした顔で抱き付いてくる。


「しんじゃったわ、みんな。もうおわっちゃったの。だから、もどらなきゃ。いまに、かえらなきゃ」


 ふと見れば、聖騎士がぐったりと床に転がっていた。馬乗りになった魔導師の顔は元の面影すら残っていなかった。殴られ掴みかかられた傷から、血にまみれた骨が見えている。


 ミスティにぎゅうぎゅうと抱き締められる。悲しげな少女の瞳に見つめられる。愉快な気持ちが鳴りを潜め、普段の冷静な思考が蘇る。


「……ごめん、ミスティ。ちょっと、飛んでた」

「いいわ、ゆるしてあげる。でも、だめよ。ちゃんとしないと、ハルトがかなしむわ」

「そっか、そうだね。ハルトさんが悲しむのは、良くないね」


 抱き付かれている力と同じ強さで抱き締め返す。

 ふわりと漂う花の匂いは、悲しませたくない青年と同じ香り。一人ぼっちだった自分を拾い、どんな自分でも愛してくれた、甘くて優しいひとのものだった。


「……戻ろうか」

「うん!」


 手を繋いで階段に向かう。シアンが横たわった死体を覆うように魔法陣を展開すれば、泥に沈むようにとぷんと消えた。部屋は戦闘で無惨に荒れ果てていたが、肉片の一欠片も、血の一滴も残ってはいなかった。


 シアンは人間が嫌いだ。愛した家族に自身を殺されそうになったから。

 ミスティは人間の愛し方がわからない。家族に自身を愛してもらえたことがないから。

 普通がわからない。常識がわからない。人らしく生きること、その必要性自体がわからない。それでも。


 人を愛して、人のために生きるあの人が願うなら。人間が嫌いでも、人らしく振る舞ってみせようとも。

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