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第一の門

「ぶち殺してやる打ち殺してやる焼き殺してやる蹴り殺してやるぅぅううッ!!!」

「はっはっはっ。物騒だなぁ」


 ロコの反転した瞳がぎらぎら輝いている。爪が長く鋭く伸び、口端からはしゅうしゅうと白煙が漏れていた。

 その左後ろをついていくエグチ。ぽてぽて、ぱたぱた。急いで走っているのにどうにも急いでいるように見えないが、しかし速度はロコに引けをとらない。短いもこもこ足が高速で前後していた。


 エントランスにたどり着くと、見る影もないほど荒れていた。しっかりと閉じられていたはずの鉄の扉は折れ曲がり、壁際に転がっている。

 出入口付近の壁は壊され、瓦礫が散乱している。そこから侵入してくる武装した集団はロコとエグチを見ると、一斉に持っていた杖を二人向けた。集団の後方から命令する大声が飛んでくる。


「第一陣! いっせ……」

「遅ぇんだよぉおおおお!!!」


 ロコのあぎとが大きく開かれる。剥き出された牙が光を反射した。口腔の奥に光が集約され、一気に放射される。一直線に駆け抜けた熱線が集団だけでなく、壁も、瓦礫も、何もかも焼き尽くす。


 遅れて悲鳴が上がる。狼狽えるざわめきと、それを叱咤する指揮官らしき声がする。

 火だるまになって転がる不運にも生き延びた何かを、ロコが無造作に蹴り上げた。鈍く重い音を立て、高く放物線を描いた何かが地面に落下し、ぐちゃりと柘榴のように弾けた。眼前でそれを見ていた人々が息を飲む。


 あちこちに飛び火したエントランスを、ロコがふらふらと進んでいく。金の瞳がぎらぎらと輝いていた。口端から漏れる白煙の勢いが増している。鋭い爪が無造作に散らばる瓦礫に触れ、紙のように切り裂いた。


 外は人で埋め尽くされていた。何万、何十万の武装した集団。その最奥に光る魔法陣から、さらに人が現れている。

 武器や防具のどこかしらに皆同じ図柄が刻まれていた。銀の星を天頂に、太陽を踏みつけた大鷲。それはエノルム大国の紋章だった。


 エノルム大国は帝都よりも遥か南に位置している。元々は遊牧民族達が資源を争い戦争の絶えなかった地であり、近年武力を持ってそれらを制圧した一族が王を名乗り統治を始めた。

 戦争と略奪に慣れた彼らは瞬く間に隣国を侵略し、大国と呼べる規模となった経緯がある。しかしそのやり方に、帝都含む国々からは国家として認められていない。


 今回の侵攻は、災厄であるSランク冒険者を打ち倒した実績か、Sランク冒険者を仲間に引き入れたいという目的があるのだろう。

 国家として認められ、かつ圧倒的武力差による優位な条約を結ぼうとする思惑から、このような愚行に及んだと推測された。


 多少の損害は覚悟していても、ここまで差が出るとは思わなかったらしい。予想とは異なる展開に、指揮官の命令する声が震えている。


「怯むな! 我等の敵は最上階に座す魔王である! こんな幼い見目の露払い程度、恐れるに足りず! 奮い立て! 我等が誇り高き聖騎士達よ!」


 指揮官の声に重鎧の武装した兵士達が進み出る。それぞれが大剣を構えじりじりと距離を詰めて来た。

 怒り狂っていたロコはそれを見て目を丸くする。直角に首を曲げきょとりと瞬いた。呆けたように薄く開いた唇が緩やかに持ち上がり、三日月のように引き上がる。途端、笑声が弾けた。


「あっはははは! 剣持ってぇ、距離なんか詰めたらぁ、振り回せないでしょお? 外側だけ真似てぇ、国なんか作ったつもりのぉ、くっだらない馬鹿共にぃ、りぃさまとの時間をぉ、潰されちゃったぁあ、ロコのぉお、気持ちがぁああ、わかるかなぁ? ねぇ? わかるかなぁ? わからないよねぇぇええ?」


 竜人の少女が首を傾げてきゃらきゃら笑う。軽く地面を蹴って跳躍すればくるりと一回転し、最奥に設置された魔法陣に飛び降りた。

 着地の衝撃で地面が割れる。魔法陣が砕かれる。中途半端に召喚されていた人の上半身がごとりと転がった。恐らく魔法陣の送還側では下半身が残されているだろう。


 突如現れた少女にその場が騒然とする。すぐさま槍や剣を構え突撃してくるが、ロコは再び地を蹴った。勢いをつけて近くにいた男の頭に着地すれば、頭部の鎧ごと簡単に潰れて地面が凹む。飛び散った肉片と鮮血が一面を真っ赤に染め上げた。

 少女の縦に裂けた瞳孔がぎらつく。笑顔が一瞬で憤怒に変わる。


「許さない…………許さない許さない許さない許さないぃいいい!! 頭からぁあ、ぶっ潰してやるぅうああああ!!!」


 水風船が破裂するような音と、集団の叫喚が響いている。





「………頭ってぇのは、指揮官とか指示役とか、最上層のことなんだがなぁ」


 呆れたようにエグチはロコのいる辺りを眺めていた。姿は見えないが、絶叫する声が遠い出口付近まで響いている。普段から元気が有り余っているロコだが、怒りが爆発した時の声は絶叫に近い。


 ロコが崩した壁からどんどん武装集団が内部に侵入していく。エグチは短い腕を組みそれを見送っていた。

 ある程度侵入されたところでおもむろに屈伸すると、転移魔法を用いて一瞬で侵入口の前へと移動する。


 急に目の前に現れたパンダに硬直する武装者を、拳の一撃で吹き飛ばす。重装備の人間達が軽々と宙を舞い、地面に叩き付けられた。ぐしゃりと鎧が押し潰され砕け散る。

 黒い瞳を金に輝かせたエグチがごきりと指を鳴らす。


「武器を構えろ! こいつは殺すなよ! 生きて連れて帰れ!」


 先程の指揮官とは別の誰かが叫んでいる。エグチは向けられた剣先をつまらなそうに見ると、やれやれと落胆したように首を振った。


「……どいつもこいつも、変わらねぇな。そんなに俺が珍しいかよ」


 大口を開けて欠伸を漏らせば、猛獣らしい牙が覗く。黒い手から伸びた白く鋭い爪が、近くにいた名前も知らない兵士を切り裂いた。血飛沫と共に倒れる躯に見向きもせず、掌に付着した鮮血を舐め上げる。


「まっず……駄目だな、人間は。塩っ辛くていけねぇ」


 エグチが顔を歪めてぺっと唾を吐き捨てた。

 誰かの鎧越しに聞こえるくぐもった声が震えていた。


「嘘だ……だって、パンダなのに…………」

「あぁ? 知らねぇのか? パンダは笹だけじゃあなく、肉も喰えるんだよ。猛獣ナメんな、人間ども」


 元々肉食動物だったにも関わらず、生存競争を避けようと主食に笹を選んだパンダ。積雪地域で暮らしていたそれは、雪に隠れるため白い毛に覆われて、僅かな熱も逃さないために黒い毛に覆われた。

 本来ならば季節によって生え変わる体毛は、しかし笹を主食にしたことで満足なエネルギーを得られなかった。現在の白黒毛皮は換毛するためのエネルギー不足が原因の折衷案だと言われている。


 争いを避けてエネルギー消費を抑える。そうやって緩やかに過ごしてきたパンダの見た目は、人間にとって可愛らし過ぎた。希少種であることも相まって、パンダは瞬く間に乱獲され絶滅した。エグチは最後の生き残りである。


 抵抗すれば猛獣として殺され、大人しくすれば愛玩動物として飼い殺される。

 生き残るために強くなり、襲われては返り討ちにする。数多の人間に殺されかけて、数多の人間を殺してきた。その結果Sランク冒険者に登録されたが、今でもエグチは希少種として狙われている。


 繰り返される襲撃と好奇の目にエグチは辟易した。嫌悪した。

 だから彼は人間が嫌いだ。友と呼ぶ青年が人間を愛するからわざとらしく友好的な態度を取っているが、こうして戦闘となるなら話は別だ。


「一人二体いれば満足だろ。あいつらもたまには暴れたいだろうしな」


 塔を見上げれば、遠くから爆発音が聞こえた。視線を巡らせれば、怒り睨む武装した人間が立ち並ぶ。


「あとは、まぁ、いいだろ。全員殺すか」


 金の瞳がぎらりと輝いた。

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