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こいつぁやべえ

 返り血で真っ赤に染まった服やマントをたなびかせながらピョコピョコ跳ねる少年少女らを前にして、リーデハルトは「お、こいつぁやべえな」と思った。あまりにも愚かしくて一周回って面白くなり、どこそこの国にほいほい勧誘され着いていったら、翌日その国が滅亡していたのだ。こいつぁやべえ。


「ハルト、わたしたちおこったの。でもハルトがかなしくなるのはいや。だからがんばったの、えらい?」

 何が頑張ったのかというと恐らく、王族貴族平民国土まで焼き払えるだろう力を持っているにも関わらず、昨日リーデハルトが伝えた「無関係の人々まで巻き込むのは悲しい」という言葉を守って平民国土には手を出さなかったことだろう。

 何が偉いのかというと恐らく、その言葉を守った上できちんと王族貴族を鏖にして報復を完了させたことだろう。


 跳ねるミスティの、フリルがふんだんに使われた豪奢で可憐で真っ白だったドレスは、彼岸花を散らしたかのように赤く染まっていた。同じく真っ白な髪はさらさらとなびき、ドレスと合わさって一つの芸術的人形のようだ。凄く物騒。


「きっとハルトさんは望んでなかったと思うんですけど、どうしても耐えられなかったんです。僕たちだって大事な仲間が簡単に殺られると思われてるなんて嫌じゃないですか。だから先に殺っときました。ごめんなさい」

 謝っているのにミスティと同じように跳ねながら、嬉しそうに伝えてきたのはシアン。どことなく忠犬を思わせる少年もまた真っ赤に染まったマントを翻し自慢げに胸をはる。凄い物騒。


 いい気分のまま寝て起きて、コーヒーでも飲もうかとラウンジに降りてきた青年に、可愛くも愛らしい少年少女が聞いて聞いてと言わんばかりに尻尾を振って駆け寄ってきたのだ。

 無邪気な笑顔にきっと良いことがあったのだろうと話を聞くと、先程の発言である。返り血で染まった彼らを前にして何故気付かなかったのか。


 それは基本彼らが暴力的ともいえる力を持て余しているため、冒険者ギルドから魔物でも討伐してほしいと依頼を受けているからだ。

 素手でドラゴンすら屠れる彼らは日々新しい魔法を開発すると称して、盛大に魔物をぶっ飛ばしては花火のように散らせている。


 その際よく真っ赤に染まって帰ってきていたので、リーデハルトもいつの間にか慣れてしまった。初めの頃は臭いがつくからやめようねと苦言を呈していたのだが、魔法でどうとでもなると気付いてからは諦めた。


 魔法って便利だなと思いながら色付いて帰ってくる彼らを出迎えては散歩後の犬のように洗っていたリーデハルト。今回もそんな事だろうと思っていたが、ぶっ飛ばしてきたのは魔物ではなく国だった。慣れって怖い。


 ちなみにリーデハルトは魔物を花火のごとく散らせたことはまだない。単純に首を落として始末する方が遥かに楽であるし、魔物の血は魔物を呼ぶ。ひたすら狩り続けるよりさっさと帰って本でも読んでいたいのだ。

 Sランクにとっては散らすより首を落とすだけの方が緻密な魔力操作を要求されるため難易度が高いのだが、リーデハルトにそんなことは関係なかった。


 軽く現実逃避をしたいのだが二人の後ろ、ラウンジで寛いでいる五人もリーデハルトが目を向ければ、所々赤く染まった装備を見せてきた。自分も手伝ったのだと報告しているようだ。


 レオンともう一人のSランクは姿が見えないが、レオンはツンデレなので後で突っ掛かってくるに違いない。

 もう一人はリーデハルトを毛嫌いしているが、言動から察するに好きすぎて憎らしいといったところだろう。何故そうなったのか理由はわからないが、まあいいかとスルーしているリーデハルト。お前そう言うところだぞ。


 どこそこの国が滅亡したのは云わば自業自得で身から出た錆な訳だが、彼は困ったなあと天井を仰いだ。

 どうやってこの無垢な子供達に倫理を説くべきか。仲間や身内を大事に思うのは結構だが、敵に対してここまで容赦がないのは少々問題である。


 さてどうしようかと目線を向けた先で、ミスティとシアンはリーデハルトの変わった雰囲気に顔を強張らせた。

 嬉しそうで自慢げだった表情はみるみるうちに崩れ、大きな瞳いっぱいに涙を浮かべる。途端にぶるぶる震え出す体。腕を伸ばし必死にしがみついてくる様は飼い主に捨てないでと訴える仔犬のよう。

 後ろの五人も同様に困惑し動揺し焦燥し出したため、リーデハルトはもう一度天井を仰ぐ。


 ま、いっか。


 滅亡は自業自得だし何もせずに許したら、似た事例が起きるかもしれない。何よりSランク冒険者がそんなに簡単に釣れると知られれば「良心」以外に手を出そうと考える国が現れる可能性もある。


 何人もの命が無惨に残酷に散らされたにも関わらず、リーデハルトはそれに罪悪感を抱かない。彼もまたSランク。いくら話が通じ常識が通じるといっても、彼にとって重要なのは自分を貶めんとした有象無象ではなく数少ない身内である。


 いつも通りの柔らかな笑顔を浮かべた彼は、自分にすがりつく子供達の頭を撫でた。

「ありがとう、ミスティ、シアン。それに皆も。私のために怒ってくれたこと、とても嬉しいよ」

 でも次はもっと穏便にしてねと告げる青年に、Sランクの仲間達は安堵の息を漏らした。


 血の繋がる存在に疎まれ、憎まれ、捨てられた彼らにとってリーデハルトはただ一人、自分を愛し、見守り、慈しんでくれる親のようなものである。そして同じSランクは家族のようなものだ。


 たった十人しかいない仲間に対する執着は恐ろしく強く、決して消えることはない。切ないほど純粋で冷酷な彼らに依存されながら、リーデハルトは穏やかに笑っていた。

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