来客
「だいたいさぁ、りぃさまってルプス贔屓じゃなぁい? ロコの鱗は貰ってくれないのにぃ、ずるくなぁい?」
膨れっ面のロコがリーデハルトの肩に寄り掛かる。座る場所がなくなったので背後から抱き付くことにしたらしい。低い体温がべったりとくっついて来るので、ちょっと寒い。
「はァ? どこがだよ。テメェの鱗なんざ貰っても使えねェだろうが」
「だぁってルプスの尻尾は受け取ったでしょお? ずるいずるいずるいぃ! ロコも尻尾生えてたら切り落としてあげたのにぃ! 無いから頬の鱗剥がすしかないじゃんかぁ!」
「やめろよ、気持ち悪い。ボスの気持ちを考えろ」
「尻尾の三分の二も切り落としたあんたに言われたくないぃ!」
「三分の二じゃねェよ。四分の三だ。ローブのファーにはそれくらいねェと足らなかったんでな」
「あんたの方がもっと気持ち悪いでしょお!?」
竜人と獣人が言い争っていた。
竜人には竜に近い姿をした者と、人間に近い姿をした者がいる。個体によってばらばらだが、竜に近い者は鱗に覆われた強靭な尻尾が生えていたり、鋭く分厚い牙が備わっているのだ。
ロコは人間に近い姿をしている。竜人の特徴である尖った耳と色彩が反転した瞳を持ってはいるが、竜人が竜こそ祖先と呼ばれる由縁である翼や尻尾は持っていない。
それ故に謂れのない中傷を受けた彼女は、短気のせいもあり耐えられず、育った里を壊滅させて人の住む地へ降りてきた経緯がある。
希少で長命で親族とも言える存在をあっさり手にかける少女。そのくせ人懐っこい性格と首を突っ込みに行きやすい性質も相まって、彼女はSランク冒険者の中でも危険な部類に入っていた。
「ルプスのファーは毛並みがいいよね」
のほほんと呟いたリーデハルトにルプスがぱっと満面の笑みを浮かべる。反対にロコがみるみる内に不機嫌になり、回した腕に力が込められていく。
青年の体から骨の軋む音が聞こえた。もはや諦めてされるがままを受け入れている。
「本当ですか、良かった! ……その、耳当てとか、いりませんか? ボスのためなら、耳の一つや二つくらい」
「うん、いらないかな。やめようね。必要ないからね」
「そうですか……入り用になればいつでも伝えてください。すぐに用意しますから!」
短くなった尾をぱたつかせながらルプスが満足げに笑っている。
獣人、特にルプスの種族である狼人族は縦社会である。立場を示す際、下の者が上の者へ忠誠を示す証として、自らの体の一部を贈る風習がある。それは牙だったり爪だったり、失ってもまた生え変わる部分を捧げるのだが、彼は違った。
過去、毛づやの良い長い尻尾をリーデハルトに褒めて貰えたがために、それを切り落とし、日頃使ってもらえるように加工したのだ。
以前リーデハルトが指名依頼の際に着ていた灰色ローブこそ、ルプスが丹念に作り上げた忠誠の証明だった。尾は骨から断ち切っているので再生はほぼ不可能であり、青年からの治癒も断っている。
何が男をそうまでさせたのか、リーデハルトには分からない。びっくりしすぎてそのまま礼を述べて受け取ってしまったが、若干後悔している。
そして希少種同士の喧嘩に何を見出だしたのか、パンダのエグチまで会話に乗ってきた。
「お、なんだぁ? 尻尾の話か? ったく、しょうがねぇなぁ。この俺の唯一キュートな部分に着目するたぁ、流石リーデ、お目が高ぇじゃねぇか」
エグチはよっこいせと体を丸めると、白くて思ったよりは長い尻尾をむんずと掴んだ。そのまま引っ張る体勢に入ったのでリーデハルトは慌てるが、その前にロコが叫びながら待ったをかける。
「ああー! ロコが我慢してるのにエグチまで抜け駆けしないでよぉー!! ダメったらダメーッ!」
駆け寄って結構容赦なく殴り付けるロコに対し、エグチは笑って受け止めている。毛皮で覆われた体が衝撃を吸収し、ぽふんぽふんと軽やかな音を立てていた。
中々に物騒な同胞に囲まれて休暇を過ごしていたリーデハルトは、突如響いた轟音に驚いた。
うっかり飲んでいたコーヒーがおかしな所に入ってしまい噎せている間に、けたたましい警報が鳴り響く。魔物が塔に侵入した際に連絡用として設計していたのだ。
高ランクの魔物は知識が高いものが多く、Sランク冒険者が集っているこの塔には基本的に近寄らない。実力に自信を持っている魔物や、魔力不足や空腹に耐えかねて略奪目的で侵入してくる場合もないことはないが、ここまで派手に突入してくることは今までなかった。
服に染みが出来ていないか確認していた青年を残し、同胞達が立ち上がる。
「……せぇっかくぅ、りぃさまぁがぁあ、お休みをぉお、とぉってきてくれたのにぃい…………………………ぜぇったいに許さないぃいいいッ!! ブチ殺してやるうッ!!!」
「おいおい、しょうがねぇ奴だ……あいつの世話は任せな」
熱り立って駆け出していったロコと、後を追っていくエグチ。ぐっと親指を立てた良い笑顔のパンダが短い足を動かして駆けていく。
「おまつりね、たのしそう!」
「ミスティ、走ると転ぶよ。ロコの真似しちゃ駄目だよ」
「まねではないわ。わたしにしつれいよ。あやまって」
「ごめんね」
「いいわ」
手を繋いでミスティとシアンも後に続く。子どもは元気が有り余っているのだ。
何気に失礼な発言をしているが、それは二人がロコに気を許している証拠なので誰も気にしない。たまにロコ本人が突っかかっているが、今は頭に血が上っているので聞こえていないようだった。
「侵入者か、どうやら俺の出番のようだな」
「誰も主等気にしとらんわい。ヒヒッ」
「行きたいの? 行ってらっしゃい」
「行くぞ稚児、御前がお望みだ」
「誰が稚児だ! お前ら俺の扱いが雑すぎるだろう! もっと俺を敬え!」
「やれ、よう喚く。然らば運んでやろう」
エフィメラがレオンの足元に許多の蟲を召喚し、そのままぞろぞろと動き出す。靄のような煙のような黒い蟲達がレオンを無理矢理運んでいく。少年の足に這い登り、無数の脚が肌を擽る。
ぞわっと鳥肌が立ち悲鳴を上げるレオンを無視して、蠢き出した蟲達は召喚主であるエフィメラに続いていった。
何だが漫画の最終決戦みたいだなぁとリーデハルトはわくわくしていた。
第一の門でロコとエグチが戦い、クリアすれば第二の門へと道が開かれる。ミスティとシアン、エフィメラとレオン。次々と強敵を撃破していけば、最後に待っているのはラスボスに違いない。
ボスと言えばやはり魔王だろうか。残念ながら魔王はここにはいないので【帝王】か【獣王】に魔王役を務めてもらいたい。いや、王を冠する二人を従えた【悽女】もラスボスっぽくないだろうか。
自然に己を役目から外した青年は、期待に満ちたきらきらした目で残っている三人を見る。
「はい、ハルト様。あなた様の御心のままに」
「必ずや怨敵を殲滅して参ります」
セイントとルプスが連れ立って駆けていく。どうやらこの二人は魔王というより、忠実な側近という立場が合っているらしい。
ちらちらと視線を向けるが、アフトクラトルは微動だにしない。腕を組んで足を交差させ、いかにも関わるな話し掛けるなといった雰囲気を漂わせている。
「……クラトル」
「黙れ」
にべもなく断られたリーデハルトは肩を落とした。