休みをとります
リーデハルトは休息を必要としない宝神器だ。そんな彼は今世紀最大の危機に、いや、毎年のことだが危機に瀕していた。そう、有給休暇の消費である。
他国では法律として、「雇用者は一般的労働者に対して有給休暇を与えなければならない」と定めているため、有給休暇の取得自体は労働者の権利であり、福利厚生といえるものではないと考えられている。
しかし帝都を含むこの国では法律で有給休暇を義務付けておらず、雇用者ごとに労働者と交渉で決めている。
そのため帝都冒険者ギルド本部では、福利厚生の一部として有給休暇を設けているのだが、設けているからには使わせなければならない。名ばかりで実が伴わなければ、ただでさえ少ない就職希望者をさらに失うことになってしまうのだ。
先週でギルド長も有給休暇を消費し、まだ取得していない職員はリーデハルトだけ。彼は休みを必要としない存在ではあるが、そんなもの企業には関係ない。他の職種であれば喜んで無休で働かせただろうが、彼が勤めるは帝都冒険者ギルド本部。福利厚生を謳うその場所で、休みを取らないなどあってはならないのだ。
そんなわけで長期休みをもらった青年は、同胞の暮らす孤島マルユノで怠惰に過ごそうと決めた。
***
リーデハルトの朝は早い。いや別に遅く起きてもいいのだが、習慣のせいか日の出と共に目が覚めてしまうのだ。お、おじいちゃん。
自室にて顔を洗い歯を磨き、着替えたらラウンジに降りて朝食をとる。
生物ではない青年に食事は不要だが、では飲食不可能かと言われるとそうでもない。摂取した食物や飲料の魔力を吸収してから、胎内で燃やしているのだ。
魔力吸収後の物質はそのまま燃え尽きるので排泄は不要。焼却する際の魔力は摂取した食物や飲料から変換しているので、魔力不足により胎内に物質が残ることもない。
そのため食事は嗜好品の側面が強いのだが、特にこだわりは持っていないようだった。そもそも飲食の必要がないので味覚が少々鈍く、好きも嫌いもなく何でも食べる。
塔に勤務している料理人にとってはありがたくもあり物足りなくもあった。リクエストさえあれば何だって作ってみせるのだが、今のところリーデハルトからの要望はない。
食べ終えたら寝起きの悪いミスティとシアンを起こしにいく。これも必要ない行為なのだが、迎えにいくと嬉しそうに笑ってその日一日にこにこしているらしい。塔を管理しているマルグさんが言っていたのでそうしていた。
ミスティの部屋の扉をノックする。返事がない。
「ミスティ、ハルトだよ。起きているかな」
途端ばたばたと慌ただしく動き回る音がする。落ち着くまで待っていると声が返ってきたので、青年は扉を開けた。
「お早うミスティ、目は覚めているかな」
「おはようなのハルト。おこしてくれてありがとう」
「どういたしまして。お礼を言えて偉いね」
ミスティは寝起きが悪いらしいのだが、リーデハルトが起こしに来るとぱっと目が覚めるらしい。そして自分できっちり着替え終わってから声をかけるので、おかげで彼はミスティの寝起きが悪いことを知らない。
ところどころ寝癖で跳ねた髪を直してやりながらミスティを抱き上げると、リーデハルトは次にシアンの部屋へ向かった。
ノックと同時に声をかける。
「シアン、起きているかな」
「…………ッはい、ハルトさん。起きています、大丈夫です……」
そう言って中々出てこないシアン。リーデハルトはいつものことだと思いながら扉を開け部屋へと進む。目を手で擦りながらベッドの上でぼんやりする少年がいた。着替えたかったのだろうが上着のボタンはかけ間違え、靴下は左右で異なっている。盛大に着崩れしているシアンは寝ぼけ眼のまま、リーデハルトに手を伸ばして抱き上げるようにねだった。
「また着崩れているよシアン。ミスティ、ちょっと待ってて」
抱き上げたままだったミスティを降ろすと、自主的に部屋の外まで出てくれる。扉が閉まったことを確認したリーデハルトは少年のボタンをかけ直し、靴下を探し回った。存外近くにあった片割れにどちらを合わせるか考え、紺色にしようと決め片方の靴下を取り替える。
なされるがままのシアンに終わったよと頭を撫でてやれば、掌にぐりぐりと頭を擦り付けてきた。さらさらの髪が指の間を通る。
甘えたがりの少年を片手で抱き上げて部屋を出た青年は、外できちんと待っていたミスティの頭も撫でてやる。同じように擦り寄ってきた少女を空いた手で抱き上げると、朝食のためにラウンジへと向かった。
ラウンジに行くと他の同胞が勢揃いしていた。
「おはようございます、ハルト様。仰っていただければわたくしが朝食をお作り致しましたのに。昼食は何かご希望はございませんか? ハルト様のためにわたくし、腕によりをかけて作りますわ」
「りぃさまぁ! どぉして先に食べちゃったのぉ? ロコ、りぃさまぁと一緒が良かったのにぃ。お休みなんてすぐ終わっちゃうじゃん。ロコ、もっとりぃさまぁと一緒にいたいのにぃ……」
姿に気付いたセイントとロコが駆け寄ってくる。セイントは横に回って胸元で手を組み見上げてくるが、ロコは青年の前や後ろを行ったり来たりしていた。抱き付きたいが両手に子どもを抱えているので、我慢しているらしい。
ラウンジには丸いテーブルが四つ並び、それぞれ八つの椅子が備えられている。だがそれらの椅子すべてが使われることはほぼない。塔で働いている使用人は少ないのだ。
Sランクにまともに対応出来る存在はそう多くない。数多の死線を潜ってきた冒険者や傭兵、騎士や魔術師など、Sランクに対応できる数少ない存在は、引退後厚待遇のポストに就くことが多い。自らの才能と技量に並々ならぬ誇りを持つ彼らが、一介の使用人になる方があり得ないのだ。
マルユノに塔を建て、管理人が必要だと判断したリーデハルトは引退する彼ら彼女らに無駄骨だと思いつつ話を振ったのだが、予想とは裏腹に食い付いてきたので驚いた。本人に自覚はないが、リーデハルトは冒険者時代あちらこちらで恩を売りまくっていたのである。
犬猫と同じ感覚で人を拾い、育て、ダンジョンへ解き放つ青年は、高難易度の討伐依頼やダンジョン探索にて命を救ったこと数知れず、ギルド職員になってからは気まぐれの助言で窮地を救ったこと数知れず。
使用人の募集は、ファンを増やし、崇拝を抱かれ、無闇に懐かれるリーデハルトたっての依頼なのだ。塔の管理と維持、食事提供や物資供給の就職希望者は高倍率で競争率が高くなる一方だった。
そんなことは露知らず、リーデハルトは最小限の使用人しか雇っていない。Sランクの同胞はリーデハルト含め十人のみ。塔内の人数と椅子の数が合っていないのはそのためだ。
広いラウンジで人数よりも多い椅子が並べられているにも関わらず、アフトクラトルを除いた九人が一つのテーブルに集まっていた。
リーデハルトが二人の子どもを腕から下ろし、出入口付近の椅子に座る。ミスティとシアンが青年を挟むように陣取れば、ロコがシアンの椅子の背を揺らした。
「ああー! ロコがりぃさまぁの隣座るのぉ! シアン邪魔ぁー!」
「歳上なんですから我慢してください。ミスティ、右は任せたよ」
「まかせて。どこのりゅうのほねだかわからないひとにはまけないの」
手を握り意気込むミスティの隣にエグチが腰を下ろす。元々座っていたエフィメラがリーデハルトの対面になり、同じく先に座っていたレオンがエグチとエフィメラに挟まれる形となった。
戻ってきたセイントはシアンの隣を選ぶ。ルプスは席を外し、カウンターへ走っていった。
「ロコは竜火山地帯のシャルール出身だぜ。あそこはひたすら暑くてなぁ。俺の自慢の白い毛皮が黒くなる所だった」
「ヒヒヒッ、主は雑ざらんのか、のぅ、稚児よ」
「誰が稚児だ! 俺は、グラジオラスの隣など興味がない」
「ではあちらの席へ移ってくださいませ。密集していますもの、アフトクラトルを見習ってはいかがです?」
「………………」
「ボス、飲み物を持ってきました。ブラックコーヒーで良かったですか? 言ってくださればミルクや砂糖もお持ちします」
こうして見るとただの家族のようで、彼ら全員が災害や災厄と呼ばれるSランク冒険者だとは到底思えない。わちゃわちゃしている同胞に囲まれて、リーデハルトは穏やかに笑っていた。