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 何もない白い空間で、それらは笑っていた。柔らかな布で体を覆っているが露出は高く、白い肌を惜し気もなく曝している。金を纏う髪は木漏れ日に似ており、金を纏う瞳は太陽のように煌めいている。髪の長さはばらばらだが、背格好はまったく同じだった。

 同じ顔、同じ声、同じ色の五人は、和やかに歌のような言葉を紡ぐ。


「こうすればぐっと面白い」

 一人が鈴を転がすように笑う。


「こうすればもっと強くなる」

 一人が満足そうに頷く。


「こうすればずっと間違えない」

 一人が安心したように微笑む。


「こうすればきっと別たれない」

 一人が疲れたように目を閉じる。


 優しくて、穏やかで、無邪気な会話が繰り広げられる。高くも低くもなく、聞き取りやすく、けれどどこか不遜な声音。

 会話は続く。賑やかに、密やかに。楽しげに、愉快そうに。


「人は優しいだろう」

「人は惨いだろう」

「人は自分を優先する」

「人は他人を気遣う」

「人は発展を望む」

「人は変化を嫌う」

「人は争いを厭う」

「人は戦いを求める」


 きゃらきゃら笑う。ころころ笑う。首を捻って首を傾げて。こうだろう、そうだろう。それは違う、あれは違うと笑っている。

 金の光を撒き散らし、五人がくるりくるりと宙を舞う。白い空間に金の光が散りばめられる。木漏れ日に似たたゆたう髪をなびかせて、頬に影を落とす睫毛をまたたかせる。意思宿る瞳のきらめきは強く、高揚した頬は薄紅色をしていた。

 守護し愛した人というものを、彼女達は見てきたままに語り合う。


 すると突然その場に光が舞い降りた。形を変えゆっくりと人のような姿をとったそれは、五人とまったく同じ姿をしていた。それは中心にいた一人を睨み付けると声高に責め立てた。


「よくもやってくれましたね。独自に進化していく人を愛しはするけれど、ただの興味で関わるなと申したでしょう! むやみに世界を混乱させぬために不干渉の制約を設けたのに、好奇心で乱さないで!」


 場の空気を無視した叱責に、睨まれた一人は至極楽しそうに笑った。


「だって、面白そうだから」

「あなた…………ッ!」

「まあまあ、あなたも私だから、解るでしょ? 人って面白いよ。だから、知りたいの。関わりたいの。人として。ねえ、どうすれば人らしくなると思う?」


 笑みを絶やさない問い掛けに、問われた方は溜め息を吐く。


「……人には人の守るべき基準があります。慈愛と博愛は当然として、倫理と常識を持つべきです。自ら考え、道を選んでこそ人というものでしょう」

「あはは! 真面目だ、真面目! その常識ってなに? 人らしさってなに? あなたにわかる? わからないよね? だって、私も判らないからね!」


 二人の会話を四人が聞いている。うちの一人が面倒そうに挙手をした。


「ひとつだけ、知ってるよ」

「なになに、何があるの?」

「人は、矛盾に苦しむものだ」


 一人の言葉に一人が瞬く。きょとんした表情を一気に笑みに変え、笑う彼女はぱちんと両手を叩いた。


「じゃあ、いっぱい矛盾させよう! 刹那的主義で、マイペースで、慇懃無礼で、博愛の精神を持ってて、身内至上主義者で、面白いことが好きで、自分に負けて、高潔に他人に倫理と道徳を説くように! 人の願いを受け入れ、人の願いを叶えるくせに、自分のやりたいようにやるように! ああ、それと」


 一拍置いて、彼女はにんまりと笑って言った。


「人って大切なものを失って初めて気付くんでしょ? だから、失わせよう? そうすればきっと人として完成するよ。何より面白そう!」


 その言葉に四人がそれぞれの反応を返す。

 一人は面白さで決めるなと反論した。

 一人はそれもそうだと納得した。

 一人は可哀想だと首を振った。

 一人はどうでもいいやと投げ出した。

 最後の一人は自分の思考に没頭した。


 人を知るための器なら、人らしさを知らねばならない。人らしさを知るためならば、人と同じ価値観を持たねばならない。人と同じ価値観を得るためには、人と共に、同じように生き、同じように死なねばならない。

 けれど一人が作った器は死なない。それどころか楽しそうに人以上の権能まで付与していた。女神と呼ばれる自分達が、それを最も人から遠ざけた。


 人には限りがあるのに、それに限りはない。ああ、それならば、限りを作ればいい。人のための願いは叶えられても、自身の願いは叶えられないように。人に望まれれば叶えられても、人が望まなければ叶えられないように。

 己の限界を知って、失う痛みを知って、手が届かない経験を重ねて。そうすれば、人でないそれは、人を超えたそれは、限られたなかで生きる人として完成するのだろう。


 自分の考えに満足した一人は、宿命を司るそれは。そこで初めて器の運命を決めたのだ。



***



 場面が切り替わる。真っ白な空間から、殺風景な空間へ。見覚えのない何もわからない場所から、見慣れた最低限の家具しかない場所へ。


 見知った顔が泣いていた。

 月の光を溶かして煮詰めたような髪は、一筋一筋が輝いていた。さらさらと揺れて柔らかそうな短髪が綺麗だと思った。瞳は煌めいて、星を散りばめた宝石のようだった。角度によって色を変える瞳が綺麗だと思った。

 美しいものを集めて作られたかのように、金銀財宝が人の形をとったらこんな姿になるのだろうと思わせる理想の姿。


 真珠のように光を反射する涙が溢れていく。口角はいつも通り上がっていたが、酷くひくつき今にも下がりそうだった。瞳は潤み輝いているが、生気は感じられない。腕にすがり付いて握り締め、震える声で訴える言葉がどうしても聞き取れなかった。


 力の入らなくなった腕を動かそうとすれば、察した青年が壊れ物のように大事に大事に持ち上げた。

 随分昔とは変わったその行動に驚いて。人らしくなった様が嬉しくて。置いていくことが悲しくて。もう主人でなくなることが寂しくて。今までずっと、主として命令したことがないことを思い出した。


 涙が顔に降ってくる。目尻にかかって、何だが自分が泣いているようだった。悲しさと、罪悪感と。嬉しさと、満足感。どこか安心している自分がいた。もう大丈夫だと。これでいいのだと。これで、完成したのだと。今は限りのこの(きわ)に、充足感を覚えていた。


 目を開けているのも億劫だった。瞼を落として、ため息のように吐いた言葉は届いただろうか。あれほど願っていたのだ。叶えなくとも問題ないが、せめてもの土産として聞こえたなら良いと思う。

 意識が遠退く。手の感覚はもはやない。暗闇に閉ざされていく中で、最後に聴覚が言葉を捉えた。


「あなたとともに、生きたかった……ッ!」


 ――ああ、良かった。人の命を惜しむほど、人らしく、成長してくれた。


 薄れて消える意識の中で、密かに期待した。

 自分には叶えてやれない願いだが、あの男なら叶えてやれるだろう、と。



***



 ぼんやりと目を開ければ、見慣れた天井が見える。ごろりと寝転び向きを変え、備え付けられた時計を確認した。普段の起床時間よりも二時間も早い。

 昨日は荒れたカウンターの撤去と整備、領主へ報告書類と、冒険者への根回しで忙しかった。寝たのは日付が変わってからだった。


 ただでさえ不足した睡眠を、夢のせいでさらに削られる。内容はすぐに霧散してしまって覚えていないが、こんなに疲弊しているのだ。悪夢だったに違いない。

 もう一度寝直そうとしたが中々寝付けず、時間が来るまで横になっていることしか出来なかった。


 出勤すれば軽口を叩いてくる青年が驚いた顔をして、べたべたと顔に触れてきた。不快になって避けようとしたが、しっかりと頬を両手で挟み込まれる。じっと見つめられる視線が気まずい。


「……ギルド長、顔色悪いよ? 最近体調不良だし、休みなよ。仕事は代わりにやっておくから」

「ああ? お前、有給取ってねえだろうが。むしろお前が休め。他のもんに示しがつかん」

「それはギルド長も同じだろう。私は後でちゃんと休むから。しっかり休暇を取ってくれ。もう歳なんだから」


 歳は関係ないだろうと言い掛けて、真剣な眼差しに押し黙る。確かに最近悪夢だろう夢を見るし、ことあるごとに咳が出る。若い頃の無理が祟っているのかも知れない。

 もう出勤したのだから今日は仕事をすると伝えれば、青年は不服そうにしながらも渋々頷いた。


 喉の不調に首に手を当てる。風邪が長引いているのだろう。

 体調が悪くなったのはいつだったか。リーデハルトが二つ名持ちとして指名された時には、すでに悪かったような気がする。そこまで考えて、ああと思い至った。

 そういえば、こいつがダンジョンボスを預かって来た日から、だんだんと悪くなっていたような気がする。強力なダンジョンの魔力にでもあてられたのだろう。

 そう納得したギルド長は、欠伸を噛み殺して仕事を開始した。

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