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話し合い

 リーデハルトが冒険者ギルドの窓口である受付に行くと、少女がテーブルに座って足をぶらつかせていた。

 足元には砕けた木の欠片が散らばり、書類が散乱している。蹴倒された椅子は四つ足の内一本が折れていた。

 やってきた青年に気付いたロコは満面の笑みを浮かべ、机から飛び降りる。駆け寄って勢いよく抱き着くと、耳元に唇を寄せ蕩けるような声音で言葉を紡ぐ。


「りぃさま! 会いたかった、会いたかったぁ! ロコ、いーっぱい、頑張ったんだよぉ? もう疲れちゃったぁ」


 ぴったりとくっついたロコの体温は低く、ひんやりしている。

 竜人は体温が環境の温度によって左右される性質を持っている。冒険者ギルド本部がある帝都は比較的温暖な地域なのだが、火山地帯に住む竜人にとっては寒冷に等しい。 


 そもそも動物が活動するにはエネルギーとなる熱が必要であり、エネルギーがなくなった動物は体を動かせなくなり、やがて死に至る。

 人間は内温性の生物あり、体温を体内の代謝で発生する熱によって維持している。自分の体の中で熱を生み出すことが出来るため、周りの環境が寒くても活動をすることが可能だ。


 しかし竜人は外気温に影響されるため、人間が暮らす地域では彼らにとって充分な熱が得られず、エネルギーが不足する。その結果体温が低くなり、活動が鈍るのだ。

 わざわざ人間に合わせて帝都にまで出てくる物好きな竜人などロコくらいしかいない。長命種である彼女は見た目よりも遥かに長い年月を生きているのだが、姿は可愛らしい少女のまま。


 特徴的な見た目に人懐っこい性格のお陰で何も知らない人間に絡まれやすく、少女自身も人間の暮らしが珍しいため、首を突っ込みに行きやすい。

 それが不運な不幸に繋がるので、希少種仲間であるエグチは何かとロコを気にかけていた。


「エグチから聞いてるよ。何か預けていたんだろう? 無くしてたみたいだけど、大事なものだったりする?」


 素材の売買に来たエグチの伝言を思い出しながら問い掛ければ、ロコは驚愕したように目を見開き戦慄いた。


「うそぉ! 『常磐の忘却』で見付けた宝物、無くしちゃったの!? せっかくりぃさまに褒めて貰おうって、ロコ、すっごくすっごく頑張ったのにぃ……エグチのばかぁ…………ころすぅ……挽き肉にしてぇ……ブレスで焼いてぇ……上手に焼けたらぁ…………りぃさまと一緒に食べるんだぁ…………」


 大きな瞳からぼたぼたと涙を溢しながら、少女はエグチに呪詛を吐く。リーデハルトは物騒な言葉を聞き流して当時の状況を振り替えっていた。

 同胞と二人きりの鑑定室で、特殊なドラゴンの鱗を見ながら談笑していた。鑑定に出された品は鱗だけ。他のものはなかったし、久し振りに会ったエグチも以前と同じまま。特筆すべき点は何も思い当たらない。


 何より『常磐の忘却』はリーデハルトと同じ、神の意思宿る宝神器が管理しているダンジョンである。かの地から採取された物品であれば、懐かしい魔力を感じるのですぐにわかる。エグチと会ったときには何も感じなかった。

 ロコから漂う『常磐の忘却』の魔力は酷く薄い。恐らく攻略したのは随分前のことだろう。いつロコからエグチに渡ったかはわからないが、もしかしたらどこかに落としてしまったのかも知れない。


「どこで渡したのか覚えているかい? 紛失した可能性もあるし、それほど大事なものなら探さないと」

「ううん、大事じゃないよぉ? りぃさまに褒めてほしかっただけだもん。宝物なんてすぐ手に入るしぃ、もうどうでもいいやぁ。ねぇ、りぃさま。ロコね、頑張ったんだよぉ?」

「そうだね、よく頑張ったね。凄いよロコ。流石だね」

「えへぇ、でしょお?」


 ころっと表情を変え、ぐりぐりと擦り付いてくるロコに鳩尾を圧迫される。少々息苦しさを覚えるが、耐えられないほどではない。無くしたこと自体は何とも思っていなさそうなので、リーデハルトはこの件を忘れることにした。


 いずれ見付けた人が換金して大金を手にすることだろう。情けは人のためならず。エグチかロコか、どちらが無くしたかは不明だが、落とし物という名の高価なプレゼントは巡り巡って二人に幸運をもたらすに違いない。きっとそうだ。うん、多分。おそらく。だからもう忘れよう。探し出すのは面倒だから。


 リーデハルトは一旦思考を放棄して、部屋を見回す。とりあえず、砕けたテーブルと散乱した書類を直さなければいけない。


「ところでロコ。お説教しなければいけないことがあるのだけれど、どうしてか分かるかな」

「なぁに? 視線が鬱陶しかったからぁ、威嚇で冒険者みーんな外に追い出したこと? でもでも、職員さんにはぁ、威嚇してないよぉ? 一人はいつの間にか逃げちゃったけどぉ、もう一人とはちゃあんとお話してたしぃ。それなのに無視したのは向こうだよぉ? 穴が空いちゃったのはぁ、テーブルが弱かっただけだしぃ。ロコのせいじゃないもん。それにそれに、りぃさまを呼んできてって伝えたら、すぐに動いてくれたしぃ。ロコ、りぃさまの言う通りぃ、ちゃあんと話し合いしたんだから!」


 にこにこと嬉しそうに報告された言葉に、青年は額を押さえた。暫く唸るように熟慮していたが、途中で飽きたので諦めた。


「それなら仕方ない、かなぁ」

「そうなの、ロコ、悪くないの。えへぇ、りぃさまならわかってくれるって思ってた! やっぱりロコを理解してくれるのはりぃさまだけだよぉ」


 加減も何もなく力任せに抱き締められる。みしみしと体から聞こえてはいけない音がしているが、リーデハルトは目を閉じてされるがままになっていた。だからロコの瞳が恍惚としている様も見ていない。

 恋情ではない執着を押し付ける同胞を、青年は慣れた手付きであやしていた。

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