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月末買取はやめてください

 リーデハルトは事務処理担当のギルド職員である。先日まで受付仕事をこなしていたが、長期の有給休暇を取っていた受付担当が帰ってきたので元の仕事に戻ったのだ。

 書類に目を通し必要事項があれば書き込んでいく青年は、ノックもなく開け放たれた扉にちょっとびっくりした。


「すみませんハルトさん! あの、パンダが、Sで、ハルトさんを呼べって言ってて」


 要領を得ない後輩の言葉にリーデハルトは首をかしげる。

 Sのパンダとは一体何だろう。スモールサイズのパンダだろうか。スモールサイズのパンダ、掌に乗るくらいの大きさだといいなあ。


 青年はパンダがことさら好きというわけではないが、しかし知り合いに喋るパンダがいるので別段嫌いでもない。

 そのパンダは声が渋いので、何を言ってもハードボイルドに聞こえる。笑い声からしてハードボイルドな男前を喚起させるので、青年は心の中で彼を男前パンダと呼んでいた。


 名前はエグチというのだが、これはリーデハルトと初対面の時、男前パンダが食べていた笹を喉に詰まらせたことに由来する。

 冒険者として森林を探索していたリーデハルトはうっかり道に迷い、偶然出会ったパンダに話し掛けたのだ。

 その時パンダが「エッ(驚く声)」「グッ(笹を喉に詰まらせる音)」「チッ(笹を無理矢理吐き出す音)」の三コンボを成立させた。当時名前のなかったパンダを「じゃあ君はエグチね」という安易な発想から名付けた青年のお陰で、パンダはエグチという名前を得たのだ。

 

 見た目はパンダ、中身はイケメン。それが知り合い、もとい同胞の男前パンダのエグチだった。


 慌てている様子の後輩を落ち着けつつ、青年はパンダが待っているらしい応接室に向かう。

 部屋に入るときつい煙の匂いが漂った。青年は顔をしかめると、机の向こうに座る男に目をやった。


「おう、リーデじゃねぇか。久し振りだな。どれ、一本どうだ。中々痺れるぜ?」

「……スモークのパンダだったかあ」


 ハードボイルドな雰囲気を漂わせた男前パンダのエグチを前に、リーデハルトは深く息を吐き出した。


 ソファに座ったリーデハルトが顔をしかめていることに気付き、エグチは煙草を灰皿に押し付けた。手持ちぶさたになった手を組んで、足を交差させる。しかし手足が短いパンダなので、そこに威厳は感じられない。

 もふもふとした腕にもふもふとした腕がもふっと乗せられ、もふもふ感が増していた。もふもふ好きにはたまらない光景だろうが、リーデハルトはもふもふに興味がないのである。

 毛玉の塊を穏やかに眺めながら、青年はゆっくりと口を開いた。


「で、どうしたの。何かあったかい」

「いいや、ただお前の顔が見たくてよ。忙しいなら悪かったな」


 喉をならして笑うエグチに青年も微笑み返す。

 見た目だけなら美青年と可愛らしいパンダの共演だ。きっとここに青年のファンやパンダ好きがいたら悶えたに違いない。

 しかしパンダの声は低く渋い。声だけ聞けば優男とハードボイルド中年が密室で二人きり。一種の事件だ。


「まあなんだ。依頼を達成したからよ。素材をお前に買い取って欲しくてな」


 エグチはおもむろに腹部の毛に手を突っ込むと、ずるりと黄金に輝く鱗を取り出した。次々に取り出されるきらきらと光を反射したそれは、Sランク依頼である金塊食(きんかいじき)ドラゴンのものだった。

 災害級モンスターの高品質素材を前にして、青年は驚いた顔をする。


 高難易度依頼に指定されるモンスターの素材は貴重だ。討伐もさることながら、そもそも出会えること自体が奇跡である。知識が高い魔物は襲ってくるだけでなく計画的撤退、即座の逃亡すら躊躇いがない。


 今回の金塊食ドラゴンは名の通り金を主食としているので、様々な国を襲っては戦力が集まる前に逃亡を繰り返していた。ドラゴンの中では小柄な体格でも、人間と比べれば遥かに巨大だ。


 そんな巨体からは考えられない程俊敏なドラゴンは、食した金がそのまま鱗の成分となる。金は重いのに金で出来た鱗を持つ巨体が素早いなどおかしな話だ。

 それ故に金塊食ドラゴンの鱗は財宝や武器としての利用法だけではなく、魔法的要素、あるいは消化時に何らかの成分が作用しているのか調査するための研究素材としても貴重だった。


「うわっ、今? えー、月末だよ? 来月にして?」


 オークションに出せばそれだけで生涯遊んで暮らせるだろう金額が手に入るにも関わらず、エグチは一介のギルド職員に買い取りを依頼している。

 さらにそのギルド職員はあろうことか、月末の締処理が面倒なので買い取りを来月にしてくれとお願いしているのだ。とんでもない野郎だ。

 ここに他の職員や冒険者がいれば卒倒するだろうが、現在部屋は二人きり。彼らの異常な感覚を指摘できる者はいなかった。


「オーケー。ダチの願いなら聞き届けてやらねぇとな。月を跨いだらまた来るぜ」

「ごめん、締処理が終わる五営業日過ぎてからにして」

「はっはっはっ! いいぜ、お前の注文なら受けてやらぁ!」


 きらきらと輝く貴重素材を前にして買い取りをどんどん後回しにしていくギルド職員と、笑って承諾するSランク冒険者のパンダ。部屋の中は混沌としていた。


「しかし毛の内容量増えた? もふもふが増してるよね」

「お、気付いたか。鍛練の賜物でな。今じゃドラゴン一匹収納出来るくらい拡張してるんだ」

「ならドラゴン一匹丸ごと持ってきたら良かったのに」

「こいつぁ一本取られたな、はっはっはっ!」


 どこに一本取られた要素があったのか分からないが、パンダは朗らかに笑っていた。


 エグチは服を着ておらず、武器や鞄すら持っていない。

 それにも関わらず依頼された素材をどこに仕舞っていたのかと言えば、もふもふの毛と皮膚の間である。

 毛の一本一本に魔力を纏わせることにより、毛の容量を拡大、さらに常時発動型の魔方陣で毛の中に異次元空間を発生させているのだ。


 何故こんな芸当が出来るのか、それはこのパンダが災害級Sランクだから。笹を食ってるだけでちやほやされる他のパンダとは次元が違うのだ。


 感嘆したリーデハルトは深く頷くと、手を叩いて閃きを口にする。


「異次元魔法か、器用になったねえ。ちょうどいいや、レオンにも教えてあげて。あの子私が教えようとするとすぐ逃げるんだ」

「おおー、あの坊主か。変わってねぇなぁ。いいぜ、覚えるまで根気強く付き合ってやるよ」


 膝を打って快く承諾するパンダ。流石男前。笹を食ってるだけでちやほやされる他のパンダとは次元が違うのだ。


「お、そうだ、忘れる所だった」


 エグチは脇腹辺りをごそごそ探ると、目的のものがなかったのか、今度は背中に手を回して何かを探し始める。それでも見つからずしばらく顎に手を当てていたパンダ。

 ちょっと和んでしまったリーデハルトが大人しく待っていると、エグチは大きく一つ頷いた。


「やべぇ、預かったもんどっかいったわ。伝言だけ伝えるぜ」


 それでいいのかと思ったが、流石男前ハードボイルドイケメンパンダ。些細な事は気にしない。


「ロコがお前に会いたい会いたいっつっててな。そろそろ帝都に着くんじゃねぇか? そん時は対応してやってくれ。でないとあれはすーぐ絡まれるからな」

「あの子が? そうか、そうだね。見掛けたら保護しておくよ」


 苦笑するパンダを前にして、リーデハルトも困ったように笑っていた。

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