希少種がやってきました
冒険者ギルドの本部がある帝都は冒険者憧れの地だ。南に大河、北に山、西は荒野に南は草原。海は遠く隣国をいくつか挟んだ所にあるが、大河と草原は整備されているので、海産物の流通も盛んである。立地に恵まれたが故に帝都となったその地は、物流の要、職人の聖地、商業の中心地など様々な呼び名がある。
人が増えればものが増え、ものが増えれば人も増える。そうやって発展してきた帝都にはこれまた様々な人種がやって来る。
普段から騒々しい冒険者ギルドの受付が、ことさら騒がしくざわざわしている。パーティーメンバーと顔を見合わせる者、二度見ならぬ四度見する者、顔を覆う鎧や防具をわざわざ外して無防備に素顔を曝す者。
ささやく話し声と視線は全て、受付にいる一人に向けられていた。
「なあ、いつもの受付坊はどうしたんだ。俺はあいつの顔が見たくて来たんだがな」
注目されている彼の口から、低く渋く、聞き惚れるような色気に満ちた声が紡がれた。落ち着いた大人のイケメン、あるいはおじ様と呼称されるような人にしか似合わない声だった。
「受付、坊……ですか?」
戸惑う職員に彼は大袈裟に首を振り、毛皮に覆われた腕を机に乗せて顔を近付けた。
「受付嬢と呼んだ方がよかったか? まあ、性別なんざどうでもいい。依頼を達成してきたんだが、どうにも擦れ違っていけねぇな」
まったくと呟いて腰に手を当てる姿に、職員は薄笑いを浮かべつつ視線を彷徨わせた。
遠巻きに見ていた冒険者達がひそひそと話し合う。
希少種だ、初めて見た。どうしてここに。
不躾な目線に受付の彼はぐるりと首を回してそちらを見ると、じろじろ見ていた冒険者達からぱっと視線を逸らされた。
彼は眉間に皺を寄せるとこれまた大仰な身振りで腕を組む。
「……ったく、言いたいことがあるならはっきり言え。俺は逃げも隠れもしねぇぜ? 希少種たって、隠れて暮らしている訳じゃねぇからな」
呆れと笑いを含んだ掠れ声が響く。にやりと笑う口から牙が覗き、白い体が笑い声と共に揺れている。
その時、一人の少年がおずおずと手をあげて進み出た。
少年の戸惑う視線は、受付にいる彼の頭の天辺から爪先までを何度も往復する。最後には何とか黒い瞳に固定され、びくびくと震える体から必死に言葉を絞り出した。
「あのう、質問があるんですけど」
「おう、なんだ坊主。答えられる範囲で答えてやるよ。何が聞きたい」
「その、あなたは希少種、ですよね?」
「まあ、人間が言うには希少種なんだろうよ。俺らにそんな自覚はねぇがな」
希少種というのは人間と魔物以外の種族のことを指す。
代表的なもので言えばエルフやドワーフが挙げられるだろう。獣人や、妖精と人間の中間に位置する小人族のテフルも希少種に数えられる。
希少種の中でも人間より長く生きる存在を長命種と呼び、エルフや吸血鬼、竜人が該当する。吸血鬼は魔人族に属する説もあり、魔人族は魔物と混同されやすい。
魔人族と魔物の違いは単純に「人間にとって害があるかどうか」だけだ。
要するに発酵と呼ぶか腐敗と呼ぶかの考え方と同じであり、分類も呼称も人間が勝手に決めているだけなので当たり前と言えた。
希少種の生活様式は当然人間とは異なる。見た目も能力も違う彼らはそれぞれに適した環境で暮らしており、人間の住む大地に来ることは滅多にない。人間が暮らしやすい場所は彼らにとって居心地が悪いのだ。
少年からの質問を受ける彼もまた、希少種と呼ばれる存在だった。
少年が生唾を飲み込み、対面する彼はニヒルに笑う。毛皮に覆われた腕で顎を撫でながら、大人しく少年の次の質問を待った。
「ええと、間違えていたら申し訳ないんですけど……」
「そう勿体振らねぇで早く言え。そんなに俺が怖いか? まあ、人間には仕方ねぇかもしれねぇな。何せこんな見た目だからよ」
渋い声が自嘲するように紡がれた。顎を撫でていた手を後頭部に当て、肩を竦めてみせる。
イケメンにしか似合わないであろう仕草をする彼に、少年は覚悟を決めると期待に満ちた声音で聞いた。
「その……もしかして、あなたの種族は………………パンダじゃないですか!?」
興奮したような少年に彼は苦笑すると首を縦に振る。
「ああ、確かに。俺の種族はパンダだな」
「すごい……僕、パンダって初めて見ました!」
「そうかい。なんなら握手でもしてやろうか?」
「ええ!? い、いいんですか?」
「ははは! 当たり前だろう。俺だって大人だ、子供の期待には応えてやらねぇとな。そこで見ているお前らもまとめて相手してやるよ。触りてぇやつは俺の前に並びな。極上の経験を味わわせてやるよ」
冒険者ギルドの受付が歓声に満たされる。
大量の厳つい冒険者が可愛らしいパンダの前に一列で整然と並んでいく様を、ギルドの職員は呆然と見守っていた。
冒険者一人一人と握手を交わしたパンダは一息吐くと、受付の職員にまた話しかける。
「で、あいつはどうしたんだ。休みか?」
「あいつと言われましても……名前か、せめて特徴を教えて頂けませんか」
「ふっ、そりゃそうだ。すまねぇな、俺の中であいつは一人しか指さねぇもんでよ。俺のマブダチでな」
パンダは懐から取り出したギルドカードを受付の職員に差し出した。
手に取った職員は何気なく名前欄の隣にあるランクを見、思わず息を飲む。もう一度目の前のパンダに視線を向け、再度ギルドカードに目を通した。
そこに書かれた文字はS。膨大な力を宿した、災害であり災厄の冒険者の証。
「あいつ……リーデハルトはどこにいるんだ」
低く渋く、聞き惚れるような色気に満ちた声が紡がれる。落ち着いた大人を思わせる声音が、妙に寒々しくその場に落ちた。