書類整理です
リーデハルトは現在ギルド職員らしい仕事以外を任されているギルド職員である。そもそもギルド職員らしい仕事とは何なのか考えなくてはならないが、ともかく裏方業務に携わるタイプの職員だった。
冒険者ギルド職員の仕事を問われれば、大多数が真っ先に受付業務をあげることだろう。荒くれものの集う冒険者を相手に、にこやかに対応するギルドの顔であり看板である。
登録している冒険者の得手不得手を把握し、ダンジョンや討伐依頼地の知識を有する。魔物の特徴を質問されれば簡潔に答え、助言を求められれば総合的な分析を伝えてやる。時には冒険者の罵詈雑言に耐え、手が早い相手にはそれ以上の力で下してやる。
コミュニケーション能力だけでなく、記憶力と忍耐力、さらには腕っぷしの強さも必要という中々に難しい仕事である。
ダンジョン更新で冒険者に同行する職員は部署関係なく選ばれるし、鑑定業務はそもそもギルド職員の仕事ではない。他の冒険者ギルドであれば外部に委託するか、宝神器取扱所から人を派遣してもらう。
帝都冒険者ギルド本部は冒険者の数も多く持ち込まれる宝物や素材が大量にあるために、職員として雇わないと対応が間に合わないという理由で鑑定部署が作られている。
リーデハルトは人が不足している部署に回される助っ人ポジションだが、基本的には総務部に在籍していた。
若い職員が眉間に皺を寄せて書類を捲っている。討伐依頼を受理した控えを持って、リーデハルトの席まで報告に来た。
「ハルトさん、三ヶ月前討伐依頼を受理した冒険者なんですけど、まだ戻ってきてないんです」
「二日前にカードを確認して生存してることは分かってるから、あと三日待って戻ってこなかったら探索依頼出して。依頼放置の過去があるから近くの街を中心に捜索、任務進行不備の確認が出来たらギルドカード剥奪ね。通達と警告はしてるから、強制執行で問題ないよ」
「わかりました」
ギルドカードとは冒険者登録をする際に魔力と血液を採取し、登録者本人を判別出来るように作られた身分証だ。特殊な道具に翳すことて魔力の呼応を確認し、生死を識別する優れものである。
さらに情報を付加することも可能なので、過去に起こした問題を記録するのも簡単だった。
辺境の田舎では文字の読み書きすら出来ないにも関わらず、都市部では遥かに高度な技術が発達している。それは産出された宝神器の影響であり、より冒険者になりたがる人が増える要因でもあった。
席に戻る職員と入れ替わるように別の職員がやって来る。
「酒場乱闘の件ですが、店長が補填金の増額を求めてます。こちら嘆願書です」
「経理に回した仕事じゃなかった?」
「問題を起こした冒険者の素性とどれだけ賠償できるかの報告をしろと」
「自分達で調べればいいのに。補填もギルドの仕事じゃないし、いくらAランクでも素行不良は庇えない。降格しろって伝えてるのに何してるんだか。賠償金額は算出してるから後で渡すけど、嘆願の理由も杜撰だし棄却して。代わりに修繕依頼ね。見習いの子に丁度良いや」
「わかりました。冒険者当人への警告は通達済みです」
「ありがとう。次があればCランクへの降格、二回目で資格剥奪ね。高ランクがいてほしいのはわかるけど、一般人に手を出す人はいらないから」
「経理以外にも共有しておきます」
「お願いね」
忙しなく動き回る職員に受け答えながら、リーデハルトも自身の書類を裁いていた。魔物素材の流通減少による価格高騰、ダンジョン内の変異報告、冒険者の不祥事確認から依頼主のクレーム対応など、種類も納期も雑多とした書類を分別していく。
ギルドへの報告は一旦総務部に集められ、部署ごとに仕分けられる。直接担当部署に連絡出来ればいいのだが部署を跨ぐ問題が多いため、総務部でどこを主担当にするか判断しているのだ。
過去には担当ではないクレームを放置して信用を失いかけた出来事もあるため、総務部を経由することがルールとして決められていた。リーデハルトがヘレンテと契約するより前のことだ。
すべての問題を把握しなければならない総務部は、しかし幅広い対応が求められるため雑用係と呼んで忌避されていた。裏方作業だから、非常時には冒険者を抑える義務がある受付担当や同行職員と違って危険手当が出ないのだ。
経理部や人事部より仕事が多いにも関わらず、給料は他の部署と変わらない。仕分けた書類にたいして真っ先に指摘が入るのも総務部であり、細々とした作業が多く華やかさとはほど遠い。
安全で安定してはいるものの、それは他の事務職でも同じである。
雑多で繁忙な部署でも職員がやる気に満ちているのは、リーデハルトの存在が大きかった。
「すみません、ハルトさん、あの、俺、緊急の依頼漏らしてて……その、本当に申し訳ございません!」
青い顔で今にも倒れそうな職員が勢い良く頭を下げる。リーデハルトは苦笑して軽く手を振ると、優しく落ち着かせるように声をかけた。
「気にしなくていいよ。誰にでもミスはあるし、わざとではないって分かっているからね。気付いてすぐに報告してくれたから対応出来たし、問題もなかっただろう?」
「でも、俺のせいで余計な仕事増やしちゃって。本当にすみません。ハルトさん俺らよりも忙しいのに……」
「皆が助けてくれるからそうでもないよ。書面にした今後の対応策もきちんと考えられているし、漏れなく運用できているからね。大丈夫。これからも頼りにしているよ」
「ハルトさん……俺、総務部で働けて良かった……」
ぐすぐす泣いている男にハンカチを渡してやる。穏やかに微笑えめば余計に泣き出してしまった。
その光景を見ていた女性職員達がこそこそと話し合う。
「ハルトさんって他の部署と違って凄く優しいよね」
「そうそう、全然怒らないし、でも必要なことはちゃんと指摘してくれるし」
「まさに理想の上司だよね」
「ね。かっこよくて優しくて、憧れちゃう」
「は? 格好良いより美しいでしょ? 麗しいでしょ?」
「何言ってるの、ハルトさんはかっこいいから」
「違うね、ハルトさんは美人なの。イケメン枠とは違うから」
「なあにおう! ハルトさんはイケメンだからね!?」
「そこ、話しててもいいけど仕事は進めてね」
「はーい!」
「わかりましたあ!」
ヒートアップしかけた会話を注意すれば、元気のいい答えが返ってくる。敬礼つきのそれに思わずふふっと笑う。途端にきゃあきゃあとはしゃぐ声が上がった。
厄介事や騒動が起こりやすい冒険者ギルドでは、揉め事の鎮圧に職員が駆り出される。そのため職員の中には元冒険者など血の気が多い者が集まっていた。
その中でリーデハルトは数少ないストッパー役だ。柔和で優しげな笑顔は職員達の癒しであり、落ち着いた声は冒険者の荒くれだった心に安らぎを与える。
癖か何かは分からないが通常の話し方ですら脅しているように聞こえる管理職の中で、唯一穏やかで優しいリーデハルト。
さながら飴と鞭でいう飴のようなものだ。でろでろに甘やかされて頼りにされたら慕わない人間なんてそうそう居やしない。
理想の体現である青年は無意識に理想の上司として振る舞いつつ、今日も仕事をこなしていた。