ついうっかり
リーデハルトは窮地に陥った主人公をライバルが助けに来るという事態に遭遇し何か楽しくなってきたが、流石に怒り狂う災害級ライバルと共闘展開は無理だと判断し、自称ライバルのレオンと共に逃げ出した。
辺境島マルユノ、災厄と称されるSランクに与えられた孤島。そこへ転移魔法を使って早々に避難したリーデハルトは、怒るレオンを落ち着かせようと必死だった。
「レオン、私は大丈夫だよ。Sランクが彼らにどうにかされるわけがないだろう」
「本当に無事なんだなグラジオラス! いや、無事かどうかなんてどうでもいい、俺に勝った貴様があんなやつらに囚われるなど俺に対する侮辱だろう。俺自身のためであって全然貴様なんかどうでもいいからな、勘違いするなよ!」
ここまで一息で言い切ったレオン。びっくりするくらい分かりやすい照れ隠しである。うっかり笑ってしまったリーデハルトにレオンはさらに声を荒らげる。
「何を笑っている!」
「いや、Sランクを心配してくれる人がいるなんて思ってなくて。ありがとうレオン。嬉しいよ」
穏やかに笑うリーデハルトに、自称ライバルはぐっと言葉に詰まる。もごもご何かを口にしかけたがそっぽを向いた。
「煩い、貴様だって俺が怪我をしたらそうしただろうが」
「あ、本当に心配してくれてたの? さっきどうでもいいって言ったばかりなのに」
「っ、貴様……! もういい、知らん! グラジオラスなど俺に負けてしまえばいいんだ!」
叫び姿を消すレオン。冗談でも自分以外にリーデハルトに負けろと言わない根性と驚くくらいの明確なツンデレに、青年は笑いを堪えきれない。
何が話が通じない災厄だ、こんなにも素直な子達ばかりなのに。
口許を手で隠し笑うリーデハルトは思う。彼らは倫理観がないのではなく、育っていないのだと。幼い頃から暴力的な魔力を宿していたために、叱り、守り、慈しみ、育んでくれる存在がいなかったのだと。未だ何が悪いのか分からないだけなのだと。
笑いが治まらないリーデハルトは背中にかすかな衝撃と温もりを受け、一層笑みを深めた。
「ハルトたのしそう。わたしもまぜて」
「大したことじゃないよミスティ。いや、嬉しいことではあるけどね」
ミスティと呼ばれた少女はしゅるりと青年の腹へ手回し、伺うように顔をあげリーデハルトと目を合わせる。大きな瞳に見詰められ、小さな頭を撫でながら彼は言葉を紡いだ。
「レオンが私を心配してくれてね。わざわざ助けに来てくれたんだ。成長したなあって思って、嬉しくてね」
再びくすくすと笑うリーデハルトに少女はこてりと首を傾げた。
「たすけにくるとハルトうれしい?」
「うん。全然必要ないけど、私のために考えて行動してくれたことが嬉しいよ」
「ハルトのためにうごいたらうれしい?」
「うーん、そうだね。心が向けられた気がして嬉しいかな。でも流石に限度はあるよ。怒り狂って無関係の人々まで手にかけられたら、悲しいし困ってしまうからね」
「……ハルトがかなしいのはいや」
「そうか、ありがとうミスティ。私も君達が悲しむ姿は見たくないよ」
「……でもわたしたち、ハルトがすき。すきなひとにいじわるされたらおこる。ちがう?」
「違わないね。大事な人を傷付けらたら腹立たしいし、許せないと思うのも普通のことだよ」
「うん、そうよね。そう。わたしたちおこってる。おこるのはふつう。うん、わかったわ。わかったの」
納得したように頷いたミスティはリーデハルトから離れると、軽やかにその場から立ち去った。
リーデハルトもやっと笑いが治まり、辺境島に建てられた塔の中にある自室に入るといい気分でそのまま寝た。
翌日、九人のSランクにより、リーデハルトを勧誘しようとした国が滅亡した。奇跡的に一般市民に被害はなかったが、一際豪勢な王城に住んでいた王族貴族は鏖であった。
以来Sランクを確保しようとする国はなくなり、代わりにすべての国々が思い知らされた。
Sランクの「良心」に手を出すな、彼は台風の目でしかないのだから、と。