問答
高慢で傲慢な女は満面の笑みを浮かべ、女神のごとく美しい青年にねだった。
「おじ様も綺麗な顔をしているけれど、やっぱり足りないわ。あなたの血、くださらないかしら」
ツィオの金色の瞳が光輝く。
途端にリーデハルトの足元に散らばっていた血痕が蠢いた。踏み潰した手首が形を崩し、血痕と混ざり合い渦を巻く。
何度も形を変えながら、ナイフのように鋭く尖り眼球に迫る。軽く首を傾げかわしたがつもりが、頬を掠めて血が流れた。
そのまま半歩身を引くが、流血が動く感触に眉をひそめる。傷口を拡げられる感覚に顔をしかめ、煩わしいと炎で焼いた。欠けた腕を再生させれば、女が悲痛の声をあげる。
「なんて勿体ない……焼くくらいなら私にくださっても宜しいでしょう?」
女の感情に合わせて血溜まりが蠢いた。公爵の血がそれに合わさり、飛び散った血痕が動き出す。血液が追加される度に血溜まりが膨らんでいき、ぐにゃりと歪んでは何かの形を成していく。
それは数十の短剣。それは身の丈の大剣。それは振動する鋸。それは曲線を描く斧。
形を変えて品を変え、中空から降り注ぐ。檻の中を埋めつくすように凶器が落ちて、青年の身を傷付けた。頬が削れ腕が欠け、足が削がれて服を裂く。
青年は溢れて撒き散らされる血液を即座に蒸発させると、裂傷箇所を燃やしては再生させていった。
ツィオが切なそうに見詰めるが、リーデハルトは何ら関心を示さない。
元通りになった片手を胸に当て、開かれたがらんどうの胎内を閉じていく。鎖骨から下腹部へ指先を滑らせ、ひび割れた薄い肉を戻していった。指先で胸をなぞり腹へとたどる。鎖骨の中心から下へ下へと白い指を滑らせる。
みしりと軋む音が鳴る。滑る指先を追うように、白く薄い肉体がひび割れを修復していった。
胎内に刻まれた魔方陣が姿を消せば、足元に待機していた数万の蟲が溶け、ばしゃりと靄に沈んでいく。血溜まりにも似た赤黒い靄が青年の足元で静止した。
傷も染みも一つもない薄く綺麗な肉体に戻れば、青年はやっと息を吐いた。躊躇いもなく投げ捨てていた衣服を拾えば無造作に着込んでいく。
飾りボタンが削れてしまったチェック柄のジレに、フリルの裂けたドレープブラウス。比較的無事だった灰色のローブを纏えば、薄く笑って女に告げた。
「一つ聞くけど、Sランクになる気はあるかい?」
青年の言葉にツィオは首を傾げる。急な質問に戸惑っているようだったが、容易く首を横に振った。
「いいえ、冒険者にはならないわ。だってギルド職員の言うことを聞かないといけないのでしょう。それに私、ここで待っている人がいるのだもの」
悲しげに顔を伏せる女に青年は頷くと、穏やかに微笑んで答えを返す。
「そう。では発言と証拠物により、貴方を討伐対象に認定。討伐を開始します」
足元の靄が蠢いた。一気に床を駆け巡り二つの魔方陣を形成する。一つは小さく青年の傍に。一つは大きく部屋を覆うように。
赤黒く点滅し鼓動するそれに、ツィオは微かな悲鳴をあげた。震えて怯える姿は随分と華奢で、守ってあげたくなるような儚さを感じられる。唇を震わせ視線を向けてくるが、その瞳は金に煌めいている。
蒸発させられ酷く少なくなってしまった血痕を集め、ツィオは傍らに数十の細剣を形成させた。貴族の令嬢には似合わない大方の武器を、しかし彼女は持つことなく宙に並べた。鈍く光る刀身が青年を捉え、回転し旋回している。
「どうして言うことを聞いてくださらないの? 私、由緒正しき公爵家の娘ですのよ」
心底悲しそうに女が呟いた。理解出来ず不思議そうに首を傾げて、青年を聞き分けのない子どもを見るように見詰めている。仕方がないとでも言うように息を吐けば、右手を上げて振り下ろした。
旋回していた剣が瞬く間に青年へ迫る。風圧で髪が靡きマントが揺れる。
青年の胸にたどり着く寸前で、剣がぴたりと停止した。そのまま剣先の向きを変え、吸い込まれるように飛んでいく。
行き先は大きな魔方陣。飲み込まれる直前に形がほどければ、血液として床に降り注ぐ。
驚くツィオを眺めながら、リーデハルトは静かに微笑んだ。
小さな魔方陣が明滅している。その奥深くで声がこだましている。さざめくように、さんざめくように。ひきつれたような笑い声が聞こえている。
「ヒ、ヒヒ、ヒ、懐かし、なあ、ヒヒ、ヒ、怨めし、なあ」
青年の傍らにある魔方陣から、這い出るように一人の老爺が姿を現した。