懐かしいですね
リーデハルトは旧知の騎士団長宛に手紙をしたためたが、途中で飽きたので破棄した。いくら昔は騎士団に所属していて過去を思い出し懐かしくなったからといって、ただのギルド職員が訪ねていくのもおかしな話だ。
そもそも彼は元Sランク冒険者なので、会いたいなら連絡なしに訪問しても許されるのである。
この世界において冒険者はDランク~Sランクで評価されている。Dランクが登録したばかりの初心者、いわゆる駆け出し冒険者。Cランクで一般的な冒険者、Bランクになると下のランクの指導も担当する一流冒険者になる。Aランクは英雄、一騎当千の猛者を表す。そしてSランク、これは災厄・災害と同一視されている。
産まれつき膨大な魔力を宿し、力の中で生きてきた彼らは倫理観に乏しく、価値観が異なる。話し合いすらろくに通じない危険な存在を総じてSランクと呼ぶのである。
そんな中で唯一話し合いが可能で常識的なリーデハルト。
基準に則れば彼は良識が通じる点においてAランクになるのだが、Sランク冒険者を抑えることが出来、さらに災害と呼ばれる彼らがリーデハルトに仲間意識を持っていたが故にSランクに認定された。いわばSランク唯一の良心である。
Sランクは有事の際、冒険者ギルドに協力することを条件に様々な理不尽が許されている。
実際には許されているのではなく止められる者がいないため、いっそのこと協力を取り付けられるなら後は見て見ぬふりをしようという一種の諦めであった。
そんな理不尽な存在においてリーデハルトは唯一会話が可能な存在だ。
従って多くの国が彼を確保しようと躍起になった過去がある。話し合いが通じるならば条件次第では国に仕えるかもしれないと。
Sランク冒険者が仕えている国に攻撃を仕掛ける愚か者はいない。過度に不利な条約を提案しても、Sランクさえいれば力でどうとでもなる。
そうして遂に愚かな国が現れた。その国はリーデハルトを拉致し奴隷契約を結ばせ、国のための傀儡にしようという計画を立てたあげく実行したのだ。
どこそこの国の宰相だという男に城へ招かれ、リーデハルトは思わず着いていった。あまりにも愚か過ぎて一周回って面白そうだったからである。
絢爛な王の間に招かれた彼は熱心に口説かれ、豪勢な食事に誘われた。
目の前に広がる無駄に金のかかった料理をほいほいと口に入れ舌鼓を打っていたリーデハルト。
途中でやっぱり飽きたので客間に案内されたのだが、それこそが愚王の狙っていた瞬間だった。
何と料理に睡眠薬を混ぜ、寝ている間にリーデハルトを傀儡にしようと考えていたである。
しかしリーデハルトは眠らなかった。何故ならSランクだから。
理不尽の象徴である彼らは非常に高い異常耐性を持っている。リーデハルトは異常耐性どころか異常無効化能力を持っていた。
つまり自分で寝ようと思わなければ一生眠らなくても問題ないのである。
そうとは知らず何故眠らぬと焦る愚王と宰相達を前に、リーデハルトは彼らをからかい倒すと決めた。この頃の彼は性格が微妙に悪かったのだ。
Sランク特有の刹那主義とでもいうのであろうか、面白そうだと思ったことには例え危険でも首を突っ込んでいくスタイル。
事実どれほど危険でもどうにでも出来る力を持つのがSランク。リーデハルトは愚王達の思惑など何も知らぬ体で接し、からかい倒そうと決めた。
喋れば喋るほど空回る宰相に一々大袈裟に反応するリーデハルト。
とりあえず夜が明けるまで待とうかと思っていたところで、彼も予想していなかった出来事が起きた。なんと他のSランクが彼を助けに来てしまったのだ。
「グラジオラス! 貴様この俺に勝っておきながらこの様はなんだ!」
盛大に屋根をぶち破って飛び込んできた男、Sランクのレオン。彼は自分よりも強いリーデハルトをライバル視していた。
本来Sランクはあまりに強大な力故に並び立つ存在などおらず、ひとたび同じSランクが争えばどちらかが死ぬまで終わらない。
切磋琢磨などと程遠い災害級の一人であるレオンは、喧嘩を吹っ掛けたリーデハルトに人生初めての敗北を喫した。
そのまま死ぬのだと思ったレオンだったが、リーデハルトは止めを差さなかった。面倒くさかったのである。
しかしレオンはそうとは知らず、彼の行動に感銘を受けてしまった。これが世に聞く拳での語り合いかと。
一方的にボコられただけにも関わらずレオンはその戦いでリーデハルトと対等の立場になれたと思い込み、以来彼をライバル視している。
数日経ってからそれに気付いたリーデハルトは思った。こいつツンデレかよ、と。名前もレオンとか猫科っぽいもんな、と。
何かにつけて張り合ってくるレオンを可愛い子でも見るような目であしらい続けた結果、主人公のピンチに助けに来るライバル、という現状に繋がってしまったのである。
唯一のライバルを害されて怒り狂うレオン、もとい災害級。このままではまずいと一瞬で冷静になったリーデハルトは彼の首根っこを掴むとそのまま転移魔法を発動させた。
向かう先はSランクの本拠地マルユノ。ここなら多少暴れても他大陸に被害がでないから、と十人しかいないSランクに与えられた辺境島である。