指名されました
リーデハルトは契約者であるギルド長が塔に訪れていることを聞き、ラウンジに足を運んだ。ギルド長はあまり賢くはないがごく一般的な良識を持っているので、孤島マルユノに訪れることは滅多にない。珍しい出来事に訪問理由を考えながら、青年はラウンジに辿り着いた。
「おはようギルド長。生きてる?」
開口一番の疑問にギルド長は何も答えられない。肩にシアンを、腕にミスティを乗せてぐるぐる回っている男は、今にも吐きそうな顔をしている。
「ハルト、おきたの」
「おはようございます、ハルトさん」
リーデハルトの顔が見えた途端に飛び降りたシアンのお陰で、肩を痛めたギルド長。リーデハルトの顔が見えた途端に遠心力のついた腕を離したミスティのお陰で、肘を痛めたギルド長。二人分の重さを急激に失い、回転していた力も相まって転倒、全身を強打したギルド長。
六十に近い年齢である彼は息も絶え絶えで、手足はぴくりとも動かなかった。瀕死だった。
ヘレンテは根が真面目ないい人である。頼まれたらだいたいの事は断らないし、最後までやり遂げる。少々考えなしのきらいはあるが人情に厚い。
ミスティもシアンもそんなギルド長になついており、たまに会う日には肩車や腕に掴まっての回転などをよくねだっていた。
ギルド長もいい人なので毎回叶えてやるのだが、今や六十手前の中年。何もしていなくても腰が痛いし膝も痛い。腕は上がらないし肩はこる。
そんな男が十歳前の少年少女の遊び相手を努めているのだ。瀕死である。
「ギルドちょうしんじゃった」
「いいかいミスティ、死んだ人は火にくべて、遺骨は土葬するんだよ」
「ギルドちょうやくの?」
「うん。肉が残ってるゾンビより骨や灰だけのスケルトンの方が生成しやすいから」
「勝手に殺すな」
「ふっかつしたの」
「復活したね」
幼子二人の軽妙なやり取りに何とも言えない悲しみを覚えつつ、男はリーデハルトに用件を伝えた。
「お前に指名依頼が来てる。貴族様からなんだが、どうにもきな臭い」
ギルド長は懐から書類を取り出し青年に渡した。苦悶に満ちた表情から、この依頼が断りきれなかった案件だとわかる。
渡された書類に目を通す。場所はダンジョンに程近い貴族領、依頼はモンスターの討伐。よくある討伐依頼ではないかとギルド長へ目を向けると、討伐場所の欄を指差される。書かれた名前はモストロ領。
貴族の一人、ヴリコス公爵が治めるそこは、かつて一万の民が血を奪われ干からびたと噂された地。吸血鬼が支配していると囁かれた領地であった。
「そもそも、いくら二つ名持ちだからってお前を指名してること事態おかしいんだ。普通なら高レベルの冒険者に依頼してるもんだからな」
苛立たしげに組んだ腕を指先で叩くギルド長が、依頼書を睨み付けている。
「最悪Sランクだってことを伝えれば断れるが、どうする」
質問形式だが断ってほしいと伝えてくる目に、リーデハルトは苦笑した。
冒険者ギルドは名目上独立した機関だと言われているが、実際には国や貴族の援助で成り立っている。大もとは失業者の受け皿として、国からあぶれた者達の引き受け先を担っていた冒険者ギルドだが、実績と功績をあげるにつれどんどん人が増えてしまった。
ギルドの管理や維持、依頼の選別、冒険者の把握や選定には人手も金もかかる。
利益は冒険者登録する際の手数料や魔道具の鑑定、素材の解体や売買で得ているが、人が増えれば問題も増える。
人件費がかさむ中で純粋な儲けだけでやっていくのは難しかった。
そのため国の支配を受けない機関としながらも、国や貴族の討伐依頼を優先して受けることで経済的援助を得ているのが現状だ。
どれだけ胡散臭くとも指名依頼が来たのであれば、受ける他ないだろう。これが無力の一般的な職員であれば実力が伴わないとして拒否出来たであろうが、今回は二つ名持ちという理由がある。拒む選択肢はなかった。
「大丈夫だよ、ギルド長。それに皆も。私はこれでも、結構強いらしいからね」
青年は穏やかに微笑む。
女にしては高い背丈に、男にしては華奢な肩幅。高くも低くもない声は透き通り聞き取りやすい。すらりと伸びた手足は筋肉があまりついておらず、大型の武器を持つには相応しくない。
女神の像に似た美しい姿で、女神とは違う色彩を持つ彼は、災害と呼ばれるSランクの中で最強を誇る災厄だった。
皆が納得し落ち着くラウンジで、それでもギルド長だけは難しい顔をしている。
今でも整備士を務める彼は、リーデハルトの所持者という自負があった。
常に傍近くあったわけではないが、四十年も共に過ごしてきたのだ。家族よりも長い付き合いである青年に対し、恐れと同等以上の親愛を抱いている。こんな不審な依頼を任せたくはなかった。
ギルド長の思いを知っているリーデハルトは、彼を安心させるように手を握る。目を真っ直ぐに見詰め、自慢げに胸を張った。
「すぐに終わらせてくるよ。必ず帰ってくる。だから待っていてね」
リーデハルトは、自分を友人として心配してくれるヘレンテが好きだった。自らの契約者である男のために、宝神器である彼は存在している。リーデハルトは身内至上主義ではあるが、彼にとっての一番は主人であるギルド長なのだ。
ヘレンテは騒ぐ胸の内を抑え、旅立つ青年を見送った。