表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/71

お断りします

 リーデハルトは謎の男性に勧誘された、帝都冒険者ギルド本部に勤めるギルド職員である。昔は勧誘されれば興味本意でほいほい着いていったが、今では先に話を聞くほどに成長していた。自重を覚えたらしい。


「単刀直入に言います。うちのギルドへ来てくれませんか」

 男の言葉にリーデハルトは困ったように微笑んでいた。余計なことを言うとギルド間で問題が起こりそうだと判断したからだ。

 それを見て男は眼鏡を正すと、再び口を開いた。


「申し遅れました。私、冒険者ギルド、ラント本部に勤めております、イル=ワラカライと申します。どうぞお見知りおきを」

「はい、リーデハルト=グラジオラスと申します」

「存じております」


 生真面目そうな顔を崩さず答えた男。

 青年は理解した。これは応えたらアカンやつやん。面倒に面倒を乗算したやつやん。


 基本リーデハルトは面白そうなことには首を突っ込む性質だが、面白さにも種類がある。特に今回のような、契約者まで巻き込みそうな物事には手を出さないよう心掛けていた。刹那主義者の青年にもそれくらいの分別はあるのだ。

 既に断る気しかない青年にイルは滔々と語り出す。


「ラントという国はご存じかと思います。この帝都と比べれば少々手狭ですが、それでも冒険者が集う国でございます。【救命のハルト】様のお噂はかねがね伺っております。ええ、ギルド職員で二つ名持ちなどあなた様くらいしかおりませんからね。そんなあなた様がなんとこの帝都冒険者ギルド本部ではただの書類仕事をこなす雑用係だというではありませんか。希に帝都冒険者ギルド支部へ出向した時も面倒事を押し付けられる始末。あなた様の才能はそのようなことに使っていいものではありません。ラント冒険者ギルドではあなた様に健やかに働いて頂けるよう厚待遇のポストをご用意しております。報酬もそれだけものを、少なくともここで働いているよりも二倍、いえ三倍は出せるかと。いかがでございましょう」


 こいつめっちゃ喋るやん。


 リーデハルトはにこりと笑って首を傾げる。

 断る気しかなかったので聞き流していた。この青年は興味のないことをことごとく受け流す駄目な人でなしなのだ。


 自信満々に語る男になんだかわくわくしてきた青年は、このまま放置していればいつまでも喋り続けてくれるのではないかと期待する。丁度良い背景音楽になりそうだと思ってしまったらしい。


 しかしギルド内での勧誘を他の職員が許すはずもなく、隣で受付をしていた後輩が声を荒らげて立ち上がる。


「さっきから黙って聞いていれば、随分な物言いですね。ハルト先輩がそのような甘言に騙されるとでも?」

「誰ですかあなたは。私はこの方と話し合いをしているのです。無関係な者は黙っていてください」

「はあ? 無関係? ふざけないでください。同じ職場の人間が盗られそうになっているのに、無関係なわけがないでしょう」


 口論によってギルド内に険悪な空気が漂い出す。

 尊敬する先輩を盗られまいと必死な職員と、優秀な人物を何としてでも勧誘したい他ギルドの職員。

 対象になっている当の本人は思った。あ、これゼミで見たことあるやつだ。


 尚も白熱し激化していく諍いに何ら興味がない青年は冒険者が並び始めたことにより、素知らぬ顔で受付を続行する。

 しかし野次馬と化した冒険者達からの口出しにより、もはや口喧嘩の様相を呈してきた言い争いにだんだん鬱陶しくなってきた。

 さてどうするかと考え出した矢先に現れたのは、所持者であるギルド長である。


「……うわ」

 一目で状況を判断したギルド長は思わず声を漏らす。物凄く嫌そうだった。瞬間その場にいた全員の視線を一身に浴び、居心地悪く目を逸らす。


「ギルド長! ちょっとこいつに何とか言ってください!」

「あなたがここの責任者ですね。話があります。お時間はよろしいでしょうか」


 受付担当の職員とイルからの言葉に、ギルド長は目を閉じ眉間にしわを寄せ重々しく息を吐き出した。揉みほぐすようにこめかみに手を当てると、リーデハルトを見てぽつりとつぶやいた。

「お前、食虫植物か何か?」

 実に心外である。当人が呼び寄せたわけではないのに、周りが勝手に寄ってくるのだ。あれ、食虫植物かな。


 青年が黙って首を振ると、ギルド長は後頭部を掻きながら再び溜め息を吐いた。体中から滲み出る「面倒くせえ」という雰囲気は圧巻の一言。良い子は真似するとめちゃくちゃ怒られるので注意してほしい。


「あー、とりあえず受付の職員は仕事しろ。客並んでるだろ。そんでラントのお前。ギルドにはこっちから話しておくからもう帰れ」

「いえ、優秀な人物をこのままにしておくわけにはいきません。その件についてお話が」

「マジで止めとけって。いやマジで。優秀だけど問題多いんだって。いいから帰ってマジで。マジマジ」


 まるで問題児扱いで実に遺憾に思う。だが仕方ないのだ。Sランクの【良心】は台風の目。どれほど【救命】として慕われていても、ストッパーがいないところで手を出されたら防ぎようがない。

 マジを繰り返すギルド長に追い出されたイルは真面目な顔に不機嫌さを滲ませていたが、ギルド長の面倒だという雰囲気に比べれば可愛いものだった。


 その後リーデハルトと後輩職員から話を聞いたギルド長は、顔を両手で覆い深く祈っていた。どうかどうか問題が起こりませんようにと。青年の同胞がうっかり手を出しませんようにと。ついでに青年の男女問わないハーレムがなくなりますようにと。

 真剣な祈り顔は渋味があって大変男前であったが、残念ながら両手で隠れていたし、その場に女性はいなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ