誘われました
リーデハルトは書類仕事担当のギルド職員である。鑑定担当から移動して以降、受付担当として働いていたのだが、つい一週間ほど前に外された。
ギルド長曰く「お前の列に人並び過ぎ。効率悪い。クビ」だそうだ。なんてこったい。立派な窓際青年になってしまった。
そんな彼だが今現在、また受付担当の席に座って仕事をこなしていた。理由は至極簡単、受付担当者が一か月の有給休暇をとったからだ。
帝都冒険者ギルド本部では利用する冒険者や依頼者が多い代わりに問題も多い。
元々冒険者とはトレジャーハンターや探索者だけでなく、傭兵や騎士崩れ、あるいは働き所のない者達が犯罪者とならないように受け皿としての機能を持った職業を指していた。
冒険者ギルドという組合が出来たのも、彼らが犯罪を起こさぬよう管理と監視の意味合いが含まれていたからだ。
それが宝神器の発見や魔物の討伐、素材回収といった実績と功績をあげるにつれ、冒険者という一つの職業として確立する。
荒くれ者が集う冒険者を相手にする冒険者ギルドでは職員の離職率が高い。そのため帝都冒険者ギルド本部では福利厚生に力を入れていた。
今回の一ヶ月休みも、仕事の分担やバランス調整によって簡単に実現できるような仕組みが整えられている。
その中で唯一の例外がリーデハルトだった。不眠不休で食事も不要。鑑定や受付、書類処理に現地調査。どの仕事も引き継ぎなしでこなせる彼は休みを必要としない非生物である。
よって彼に福利厚生なんてものはなかった。なんてこったい。人権はどこに行った。宝神器差別だ。
ギルド長に訴えたところ「いや、お前人じゃねえから」とのこと。ごもっともである。
普段通り長蛇の列を解体するように仕事を捌いていたリーデハルト。にこにこと優しげな笑顔を浮かべ、柔らかい口調を心掛ける。
対する冒険者も落ち着いて用件を切り出してくれるので特に問題はなかった。そこまでは。
人並みが途切れたのを見計らい書類をチェックしていると、新しく並んだ男性。年の頃は二十半ばだろうか。かっちりとスーツを着こなし、かけた眼鏡をかちゃりと鳴らす。光を反射したレンズが表情を覆い隠す。大真面目な顔で放たれた言葉はどこか確信を持っていた。
「あなたが【救命のハルト】ですね」
「いえ、違います」
即答だった。一部の隙も迷いもない答えに眼鏡の男が僅かに狼狽する。
しかしリーデハルトはそれ以上に動揺していた。何故その渾名を知っている。あまりにも痛々しい二つ名が嫌で、ギルド職員になってからは【ハルトのお兄さん】で通していたのに。久し振りに聞いた呼び名にぞっとする。
どうせならアフトクラトルのような【帝王】やレオンの【獅子王】、他のSランクの【獣王】など格好いい呼び名が良かったのに。【良心】や【救命】ってなんだ。いまいちパッとしないではないか。
青年はセンスがちょっとずれているので、王が付く二つ名が結構好きだった。王の方がより痛々しいのだがそれはそれ、むしろダサさが突き抜けて一周回って面白いと思っていた。
一般的に二つ名は実力者などに尊敬と畏怖の念を込めてつけられる渾名のため、ダサいや冴えないといった感想は抱かれない。
むしろ渾名をつけられてこそ一流という風潮があり、二つ名で呼ばれることを誇りに思う者は多かった。
それを面白いか否かで判断しているリーデハルト。一回自重してほしい。
眼鏡の男は咳払いすると、改めて用件を切り出した。呼び名を否定したのだがどうやら別人と間違えはしなかったらしい。
「んん、……二つ名持ちのあなたにお話があります」
もう一度眼鏡をかけ直す男。サイズを直した方が良いのではないかと思うリーデハルト。
この問答の間に積み上がっていた仕事の三分の二が片付いていた。うわ早い。
「単刀直入に言います。うちのギルドへ来てくれませんか」




