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拾いました

 リーデハルトはギルド長であるヘレンテと契約を交わした宝神器である。だからといって契約者を敬う必要も、行動に許可を求める必要もない。命令されれば従わざるを得ないのだが、今のところギルド長が所持者として命令を下したことはなかった。


 ギルド長室にて、リーデハルトがきらきらした目で契約者を見ている。両手で抱えたものを男の顔へ突き付けながら、弾む声をあげる。

「ねえ、ますたー。飼おう? ほら、かわいいよ」


 掲げられた動物はギルド長を見てぐるるると唸った。眉間にしわを刻み歯を剥き出しにする。前足の爪が伸び、ギルド長の頬を掠めた。

 思わず身を引いた男は思った。びっくりするくらい可愛くないと。


 動物は嫌々と身を捻りリーデハルトの手から抜け出すと、青年の肩へ移動する。ふわふわの尻尾を首に軽く巻き付け、頭を青年の頬へ擦り付けた。柔らかな毛並みは艶があり、密に生えている。もふもふだった。

 見ている分には癒されそうなものだが、動物の額を見てヘレンテは渋面を作る。


「お前、それどこで拾ってきた」

「そこで拾ってきたよ」

「そこってどこだよ」

「あのね、『常磐の忘却』」

「今すぐ返してこい」


 ギルド長が恐れおののく。異物を見る目だった。

 動物がぐわりと口を開ける。鋭い牙がぎらりと輝き、額には真紅の宝石が煌めいている。長い耳が逆立って、尻尾が膨らむ。低く響く鳴き声が不気味だった。


 だんだんと何かが焦げるような匂いが広がっていく。動物の小さな体からは想像もつかないような魔力が漏れ出し、真紅の宝石が発光していた。

 どこか狐にも似た体躯に、錫色の毛並み。額にある宝石に魔力が集約する。威嚇行動を取るそれは、ダンジョン「常磐の忘却」のボスモンスター、カーバンクルだった。




「帝都冒険者ギルド本部にも、シンボル的な癒しが必要だと思うんだよ」

 威嚇していたカーバンクルを一旦落ち着けた青年は、そう言って一切悪びれた様子がない。膝にカーバンクルを乗せ、緩やかに背を撫でていた。毛並みに手が沈み、するするとほどけるように掻き分ける。気持ち良さそうに喉をならすカーバンクルの姿は、愛玩動物といっても差し支えなかった。


「いや、それでダンジョンボス連れてくるとか駄目だろ。お前の兄弟は何も言わなかったのか」

 ギルド長はカップを片手に青年へ問いかける。本来なら対面にあったはずの椅子を遠くに離し、物理的な距離を開けていた。

 ギルド長の声が発せられる度に、カーバンクルの長い耳がぴくぴくと動いている。視線を向ければ鋭い牙を見せて威嚇された。なんだこいつ、全然可愛くないぞ。


「常磐のからお願いされたんだよね。宝神器を守るためのボスなのに、最近ボス目当ての冒険者が増えたから作り直すって。だから新しいのが出来るまで預かってくれって」

「ダンジョンボスってそんなほいほい作っていいのか」

「さあ? まあダンジョンが崩壊さえしなければ何でもいいと思うよ」

「がばがばじゃねえか」

「皆人でなしだからねえ。倫理も常識もがばがばだよ」

 

 ねー、と声をかけながらカーバンクルを持ち上げる。カーバンクルもきゅうきゅうと甲高い甘えた声を出しながら、嬉しそうに尻尾を振っていた。


 丸一日威嚇され、警告音を発せられ続けたギルド長。どうやら相性が良くなかったらしい。


 それでも預けられたのだから、ヘレンテはてっきり冒険者ギルドにて飼うのだと思っていた。しかし翌日、カーバンクルの姿が見えないことに疑問を覚える。

 出社してきた青年に問えば、至極簡潔な答えが返ってきた。


「ああ、あれ? 常磐のに返したよ」

「返したって、預かっていたんだろうが。それにあんなに可愛がっていたのに、もう良いのか?」

 ギルド長の言葉に青年はきょとんとした顔つきになる。

「当たり前だろう、ますたーに危害を加える存在はいらないから」


 あまりにも平然と放たれた言葉に、ギルド長は呆れ返る。同時に薄気味悪さを覚えた。怪訝な目を向ける男に青年は笑いかける。

 靴音を鳴らして近付けば、いつかと同じようにその掌を持ち上げた。青年自身の首に当てると絞め上げさせるように、添えた手に力を込める。


「私の所持者は君で、私が仕えるべき主も君だ」

 少し硬く薄い肉に指先が食い込む。随分と細くて華奢な首だった。

 焦ったように男は手を離す。見れば、赤い痕がうっすらと残っていた。まるで首輪のように。


「だからさ。ようく使ってね、ますたー」

 無邪気に笑うそれは、神々しくも恐ろしかった。

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