お久し振りです
リーデハルトは目の前の青年が誰か分からず首を傾げた。リーデ様と呼んだ時点で彼が騎士団時代の知り合いであることは確定したのだが、全く見覚えはない。薄情だと思われるかも知れないがリーデハルトは必要がなければ過去を振り返らない質であった。
「申し訳ありません。今の私はただのギルド職員ですから、騎士時代の記憶は曖昧で……」
「えっ、あっ、いやいいんです! 俺がずっとリーデ様にお逢いしたかっただけで!」
慌てる姿を見ても何も思い出せないリーデハルト。困惑した顔で所在無げに立ち尽くす彼に青年は周りを見渡すと、声を潜めて名前を告げた。
「あの、俺です。ジャスパーです」
伝えられた名前にリーデハルトは目を見開いた。
彼にとってのジャスパーは、騎士団時代見習いとして訓練を積んでいた少年である。
短い黒髪を跳ねさせた少年は生意気盛りで口が悪く、よくリーデハルトに突っ掛かってきては返り討ちにされていた。
猪突猛進の姿から予測できない出鱈目な太刀筋は見習いの域を越え、鍛えれば団長すら追い越すだろう才能とセンスに恵まれていた子。
そんな少年がたった数年でここまで大きくなるとは。彼は感慨深げにジャスパーと名乗った青年を見上げる。
師の瞳に優しげな光が灯ったのを見て、ジャスパーは期待に満ちた表情で弾む声をあげた。
「思い出しましたか、昔貴方に歯向かって返り討ちにされていたガキのジャスパーです」
「ああ、懐かしい。久しぶりだねジャスパー。何年振りだろう。随分大きくなったし、髪色が銀に変わってて分からなかった。染めたのかい?」
「これは俺だってバレないようにするため魔法で変えてるんです。勝手にダンジョンに潜るのはいいんすけど、小遣い稼ぎに宝神器売るのは流石に他のやつに知られると困るんで」
「それでか。いや懐かしい、あのやんちゃな子が一人でダンジョンに潜れるほど強くなったんだねぇ」
昔を思い出しにこにこ嬉しそうに笑うリーデハルト。ジャスパーは頭を掻きながら苦笑した。
「お陰さまで。今じゃ小隊を任せてもらって、隊長やってます。全部リーデ様に鍛えてもらったおかげです」
「いいや、私はアドバイスしただけさ。小隊長まで昇進したのはすべて君が努力した結果だよ。誇るといい」
師に褒められてジャスパーは表情を崩れさせた。忘れられていたのは悲しかったが、尊敬していた師が自分の成長を喜んでくれたのだ。
小遣い稼ぎに宝神器を売りに来た姿を見られ、しかも鑑定された際には冷や汗が流れたものだが、リーデハルトは気にしていないのか指摘してこない。
内心で安堵の息を吐いたジャスパーはこれ幸いと尊敬する師に自らの近況を語る。
「最近新しいやつが入団しまして。アルフレッドっていうやつなんすけど、こいつがすげー強くて」
「うんうん」
「何か婚約者が騎士って格好いいって言ったから騎士になったらしくて。今基礎の体力作りから教えてるんです。そんでリーデ様が俺に指導してた時、こんな気持ちだったのかなって思って」
「そっか。今じゃ君が指導する立場なんだね。月日が経つのは早いねえ」
「リーデ様、それうちのじいちゃんみたいっす」
二人は久しぶりの師弟の会話に花を咲かせる。リーデハルトは懐かしさに目を細め、ジャスパーは純粋な敬愛で瞳を輝かせる。
受付担当の職員が呼びに来るまで会話を楽しんだ後、ジャスパーがギルドから出ていくのを見送ったリーデハルトはやっと仕事に戻った。
久しぶりに騎士団に行くのもいいかもしれない。
ふとそう思ったリーデハルトは、鑑定スキルで団員一人一人の向き不向きを判定し指導していた過去を思い出す。
教え子にあたるジャスパーが目をかけているアルフレッドという少年も気になる彼は、今後の予定を考えながら元同僚の騎士団長に手紙をしたためた。