願いましょう
リーデハルトは自動走行二輪魔力伝導車を作って走り回った過去がある青年だった。自分で設計し組み立てたそれは、魔力を流せば走り、流すのをやめれば停止するシンプルな乗り物であった。
しかし魔力を流すのをやめたところで、走り出した物体は急には止まれない。
ダンジョンボス数十体の尊き犠牲の上で破壊と共に停止した伝導車は、そのままダンジョンにて眠ることとなる。
第二弾が作られることはなかった。全力疾走した方が速いことに気付いてしまったから。ダンジョンボス、君達の尊い犠牲は忘れない。
そんな過去をしっかり忘れた青年は、弟分の加護持ちという発言に首を傾げた。いったい何を指しているのか分からない。
疑問が表情に表れていたのだろう。弟分は面白くなさそうに唇を尖らせると、加護持ちについて話し出した。
「兄さま知らないんですか? 姉さまが同胞と呼んでいる人間達のことですよ。あれらが生まれ持っている力は、創世神のリーデ様が与えた権能ですよ」
遥か昔、まだ創世神が自身を六柱に別つ前。神と人が近く、神によって人が導かれていた時代。
より効率良く、より効果的に、より多くの人を動かせるように、創世神は人の中でも特に忠誠心が高い者へ自身の力を分け与えた。神の加護として宿った力は、神の意思により方向性を定められ、その力を行使する。
加護を与えられた者は勇者と呼ばれ、時には神に反する悪逆を討ち取った。古い文献を漁れば、英雄として持て囃された歴史も載っている。
しかし創世神が六柱に別れ、人の世に不干渉の制約を設けてから幾星霜。
神がいなくなり方向性を失った力は、人の身には重すぎた。
加護は守る力を失いただの魔力となり、宿主の身を焼いた。扱いきれない力はやがて、周囲を巻き込み暴走する。災厄の誕生だった。
時には魔物として、時には魔王として、処罰された災厄の力は大地へ還り地脈として巡る。濃い魔力は滞り澱みを形成、長い年月を経て変質し迷宮を生み出した。
ダンジョンに配置された宝神器は迷宮内の魔力を糧に活動する。迷宮を形成した魔力は元々災厄の力、加護の成れの果てである。
奇跡的にも人の身に余る魔力を宿しながら制御しうる、現在の災厄級Sランクの力も本を正せば神の加護であった。
両者とも本質は似ている。創世神に分け与えられた力の一部なのだから。
そしてリーデハルトは六柱に権能を付与された神の器だ。
Sランクにとって、そして意思宿る宝神器にとって、青年は主にも等しい存在であった。
「だから兄さまがあれらに心砕く必要はないんです。ただ魔力の相性がいいからって理由だけで、姉さまに依存して使い潰す【加護持ち】なんか、放っておけばいいんですよ」
兄さまが壊れてしまいますと、悲しそうに訴える少年。
説明を聞いたリーデハルトは、顎に手を当て何事か考えていた。しかしどこか無邪気な笑顔を浮かべると、いつも通りの泰然とした態度で言葉を紡ぐ。
「使い潰されて困ることがあるのかい?」
青年の言葉に弟分は瞠目した。このひとはいま、なにをいった。
「困ることって、だって、兄さまは姉さまのものですよ。他人が、それも人間なんかが酷使していい存在ではありません!」
弟分の訴えに心底困惑した顔をする青年。彼は何故少年が憤るのか分からない。
「だって、それが私の役目だろう?」
人のためにと権能を付加された神の器。人型の宝神器。
人のためにあれと慈愛と博愛を与えられた。
人のためにあれと倫理と常識を与えられた。
人の役に立てと自律思考を付与された。
それが役目ならば、それに従うのが道理だろう。
自分の望むままの行動が正しいのだろうか。自分で自分の道を選ぶことが正しいのだろうか。
必ず自分の好きなことを見付けなければならないのだろうか。必ず自分の願いを叶えなければならないのだろうか。
誰かに敷かれた道を歩んではいけないのだろうか。誰かに強制された道を選んではいけないのだろうか。
それが役目なら使い潰されても構わない。それが務めなら酷使されて構わない。リーデハルトは身内至上主義だ。契約者が好きで、兄弟が好きで、同胞が好きだ。
「だからね、良いんだよこれで」
どれほど人らしくなろうとも、彼は人でなしの道具でしかなかった。
唖然とする少年の頭を一撫でし、青年は立ち上がる。ダンジョン内の修復が完了したことを確認し、凝り固まった体をほぐす。ごきりと関節部が鳴った。
普段通りの人好きする笑みを浮かべながら、青年は人格者のような言葉を口にする。
「それに、誰かの役に立って死ねるなら本望だろう?」
からからと笑って出口へと向かう兄姉に、弟分は何も言えなかった。
リーデハルトは刹那的主義だ。マイペースで慇懃無礼。博愛の精神を持つ身内至上主義者。面白いことが好きで自分に負け、同胞に倫理と道徳を説く好青年。数多の矛盾を内包し歪な志向を持つ人でなし。
彼の優れた点はただ一つ、人の願いを受け入れ、人の願いを叶える、願望器にも似た性質だ。
その後リーデハルトはギルドへ戻り、契約者へダンジョン攻略が完了したことを告げる。そこでやっと弟分に、自身の呼び方を統一させることを伝え忘れていたと気付いたが、まあいいかと再び忘れることにした。