人形の彼
「しっかし、なんでそんな服着てるんだお前。いつものローブはどうした」
ギルド長は微妙な顔でリーデハルトを見詰めた。
柔らかで薄い一枚布で出来たキトンは、体の起伏に沿って流れている。普段はローブで隠された青年の、しなやかな肢体がはっきりと主張されていた。
薄い胸に括れた腹、細い腰から続く脚部にはあまり筋肉がついていない。これで災害級Sランクの力を秘めているのだから、見た目はさしたる意味を持たないのだろう。
白い肌は染みも怪我もなく、関節部に継ぎ接ぎもない。どこからどう見ても人形には見えず、けれどもどこか人間離れしていた。
「制御が利かなくなっていたからね。そろそろ『導き』の間引きに行かないと、スタンピードが起こるかも」
くふりと鼻にかかるように笑う青年に男は頭を抱える。そういう大事なことは先に言え。そして質問に答えてほしい。
無言で見詰めれば、リーデハルトは衣擦れの音とともに立ち上がる。踵まで隠れる布地をそのままに、ギルド長の前まで進み出る。腰に手をあて胸を張った青年は、大したことがないように軽く言葉を紡いだ。
「久し振りに兄弟に会いに行くから、お洒落しようと思って」
「その前に首を嵌めろ」
かちん、ぱちっと音が鳴る。顔全体に青白い、血管にも見える光が走る。ごきりと嫌な音を立てながら、青年の頭部が嵌まった。首を回せば骨の鳴るような音が響く。身体の不調がないことを確認したリーデハルトは、目の前の男にとびきりの笑顔を向けた。
「完璧な仕事だね、流石だよますたー。君を所持者に選んだ甲斐があった」
普段以上の優しげな表情を浮かべたリーデハルトは、男を殊更褒め称える。対するギルド長は呆れたような顔をしていた。
「都合のいい野郎だな。当時あの場所にいた整備士なら誰でも良かったんだろ」
***
ギルド長がリーデハルトと出会ったのは、今より四十年ほど遡る。彼がまだギルド職員ですらなかった時代。整備士の仕事だけでは生活できず、冒険者の真似事までしていた頃のことだ。
彼は呼ばれた気がした。何かに、誰かに。呼ばれるがままにふらふらと進んだその先は、当時未発見だったダンジョン「眠りの導き」
そこは、どれだけ奥に行こうとも録なモンスターがいなかった。さらに進んでもダンジョンのボスすら見掛けず、辿り着いた宝物殿にそれは居た。
月の光を落とし込んだかのような白金の髪。目を閉じ身動ぎすらしない美しい人形。それはまさしく大聖堂に描かれた女神そのものだった。
空気に溶け込むような、それでいて薫り高い大輪の花が咲く迷宮の最深部で彼らは出会った。
呆然と見詰める少年の気配に気付き、人形はゆっくりと顔をあげる。開いた瞳は月光のように煌めいて濡れていた。薄い唇が開かれて一度閉じる。そして笑みに彩られた口から、涼やかな声が場に落ちた。
「初めまして、少年。名前は何と言う」
それは、自然と従うことが道理のような、優しくも有無を言わせぬ声色だった。少年は言われるがままに口を動かす。
「ヘレンテ、です」
「そう、ヘレンテか。良い名前だね」
くすくすと笑う人形は不気味さを感じさせず、むしろ静謐で謎めいていた。