神の器
真っ白なシーツの上に置かれた頭部。周りを囲むようにいくつもの魔方陣が浮かび上がり、青白く輝く。機械音を響かせながらきゅるきゅると回るそれは時折赤く点滅する。
その度にギルド長はエラーを確認し、一つずつ数式を修正していった。複雑な古代文字列を解読し並び替える。数多の数字がずらりと並ぶ情報数値列を計算し配置し直す。たまに間違えたり失敗したりしながらも、徐々に赤く点滅する部分は少なくなり、やがて消える。
固まった体を解すようにごきりと肩を鳴らしたギルド長は、肺一杯に空気を吸い込み吐き出した。一仕事終え疲れきった男を横目に、青年は自らの首を膝に乗せる。
頭部のない体は普段の制服を身に付けておらず、キトンと呼ばれる衣服をまとっていた。一枚布を折り返して肩で留め、腰に帯を締めた姿は、神殿に飾られた女神像の姿に酷似している。
「最近、暴走気味だっただろう」
ストッパー役にも関わらずギルドの騒ぎを傍観し、あまつさえマスターであるギルド長に怪我を負わせた。道具として不完全な己の行動に、リーデハルトは苦く笑う。
両手で自分の首を持ち上げ、ギルド長と視線を合わせる。まあなと返す部屋の主に、青年は一層困ったように笑うと言葉を続けた。
「私の原型を作ったのはエア様だからね。あの人は好奇心が強くて、面白いことが好きだから」
エアとは文明を司る女神リーデエアのことだ。
人々に語られる神話は主神格であるリーデカリスの物語であるため、他の5柱の話はほとんど登場しない。それ故に慈愛と豊穣を司る博愛の女神以外の性格は知られていなかった。
リーデエアは人々に知恵と芸術を与えた女神だ。好奇心旺盛で興味本意で物事を乱す彼女は、女神の中で最も人間に関心を持ち、人間と関わりたがった。
創世神に造られたにも関わらず、神の意思とは外れ独自に進化していく人間。そんな存在に興味を抱いた彼女は、神としてではなく人間として、人々の生活を知りたがった。
その結果造られたのがリーデハルトだ。初期のそれに自律思考はなく、完全に神の器としての権能を与えられたに過ぎない代物だった。
器の作成途中で気付いた主神格リーデカリスはエアの所業に激怒した。独自に進化していく人を愛しはするけれど、ただの興味で関わるなと。むやみに世界を混乱させぬために不干渉の制約を設けたのに、好奇心で乱してくれるなと。
しかし造られた器を廃棄するのもカリスにはできなかった。エアが人間に関わるためだけに造ったそれは非常に精巧で、意思はなくともまるで生きているように見えたからだ。
慈愛を司る彼女は最後まで器を破壊することが出来ず、自らの権能を付与した。慈愛と博愛、倫理と人としての常識を人形に刻み、自律思考を付加した。他の4柱の女神も二人が与えるのならばと力を注ぎ、神の器はリーデハルトという存在として確立する。
故にリーデハルトに性別はない。幼少期の記録はない。誕生した記憶はない。両親というものは存在しない。彼は意識あるその時から「リーデハルト」だった。
器を造ったのはいいが使い道に困ったカリスは、リーデハルトを迷宮のボスとして、人に力を貸す宝神器として配置することに決める。
元々ダンジョンは迷宮と呼ばれており、自然発生する魔力溜まりが変質することによって誕生していた。
同時に独自のモンスターまで発生させてしまう迷宮の処理に困っていたカリスは、人に役立つ道具を配備することで、道具を目的にした人間にモンスターを倒させる仕組みを作る。それが神の遺物と呼ばれる宝神器の成り立ちだった。
当時最も魔力が濃い場所に発生した迷宮。北方に位置する国々の境に現れ、今ではレベル10認定されているダンジョン「眠りの導き」
リーデハルトは「導き」のダンジョンボスであり、意思宿る宝神器であった。