鑑定します
リーデハルトはギルド職員である。現在まだ受付担当ではあるがあまりにも受付に人が集中しすぎた事により、もっぱら事務仕事に精を出している。しかし鑑定スキルも持っているため、神の遺物と称される「宝神器」が持ち込まれた際には鑑定担当として引っ張り出されていた。
後輩の職員に呼ばれたリーデハルトは難しい物品を鑑定すべく、机に並べられた遺物に目を通していた。今回持ち込まれた宝神器は大小様々な剣であり、大型のものはリーデハルトの身の丈を越えている。
大男でもない限り扱えそうにない大剣を手に取り、青年は早速鑑定を始めた。瞬間空中に浮かび上がる文字はリーデハルトにしか見えない、鑑定スキル発動の証である。
次々に表示される文字列に目を通し、大剣の名前と能力を判別し終えた彼は手に持ったそれを傷付かないよう細心の注意を払いながら、鑑定済みの机へ移動させる。
次に手に取った小型の剣は呪詛付であり、彼は軽く刃を撫で一時的に呪いを封じ込めた。
呪詛付というのは持ち主に害をなす効果を持つ宝神器のことだ。ただ持っただけでは発動しないのだが、魔力を込め能力を発動させようとしたり、その能力を鑑定しようとしたりした際に呪いが発動する。
浄化すれば呪いは消えるのだが、宝神器の中にはその呪い自体が能力のものもある。過去には浄化したせいで、ただの剣になってしまった遺物もある。
呪詛付かどうかは流れる魔力の術式で判別出来るため鑑定しなくても分かるのだが、呪詛自体が能力かどうかは鑑定しないと分からない。
そのため呪詛付を鑑定する際には呪いを一時的に封じる必要があり、リーデハルトは一時的封印魔法が使える稀有な存在であった。
封印魔法自体を使えるものは一定数いるのだが、一時的封印魔法となると使いこなせる人数は少なくなる。呪いというものは失敗すれば術者に返る。
呪詛を封印するのも同じで、永続的な封印なら問題ないのだが、一時的封印は完璧に施した後完璧に術を解除しないと「途中で封印が解けた」扱いになる。つまり少しでも失敗すれば封印が解け呪いが跳ね返るのだ。
リーデハルトは元冒険者時代にソロで活躍しており、自分で発見した宝神器を自分で鑑定していた。そしていつの間にか、この一時的封印魔法を使いこなせるようになっていたのである。
後輩である鑑定担当の職員はそんな青年を尊敬の目で見詰めていた。憧れの先輩の憧れの魔法を間近で拝見出来る絶好の機会だからである。
呪詛付はその特性上希少で、さらにリーデハルトはギルド長から鑑定が難しいものしか鑑定しないよう命令されている。
後進育成の為だが、結果リーデハルトの技術は後輩達の憧れの的になり、彼と鑑定の仕事を共に出来る日には全職員から羨望の眼差しを向けられる。
この後輩も例外ではなく、仕事終わりには同僚へ入所当時から敬愛していた先輩と共に鑑定の仕事が出来たと延々自慢していた。当人には預かり知らぬ所である。
すべての鑑定を終えたリーデハルトは持ち込み者である冒険者の男に向き直ると、それぞれの名前と能力を記した鑑定表を手渡した。
「こちらが今回の鑑定結果となります。必要がありましたら読み上げますので仰ってくださいね。商業ギルドや宝神器専用取扱所へ売却する場合には別途鑑定書が必要となります。また冒険者ギルドでも買い取りを行っておりますが、いかがいたしましょう」
にこやかに告げる青年に男は硬直し暫く呆然とすると、慌てた様子で取り繕うように答えを返した。
「あぁ、読み上げはいい。この炎の大剣は持ち帰るからそのままで。他は……ここで売却する」
「宝神器専用取扱所へ売却した方が取引次第では買取価格が上がりますが、冒険者ギルドでの売却で宜しいでしょうか」
「それでいい。取引は苦手だし……その、貴方に買い取ってほしい」
「承知いたしました。当ギルドへの売却には鑑定書は必要ありませんので、このまま手続きに移ります。明細を作成致しますので、十分ほど待合室にてお待ちください」
「ああ、わかった」
男の言葉に引っ掛かりを覚えたが、ギルド職員が買い取る事と冒険者ギルドが買い取る事は同義である。リーデハルトはまあいいかとスルーした。
持ち込み主である男はじっと彼を見詰めていたが、他の鑑定職員の案内に従い待合室へと移動していった。
にこやかに姿を見送った青年は、客を待たせるわけにはいかないと急ぎ明細書を作成する。名前と能力、買取価格と日付、最後に担当者欄へ自分の名前を記したリーデハルト。名前の横に拇印する。
僅か五分で作成を終えた彼は影で「事務処理の俊才」と呼ばれているが、本人は何も知らない。
待合室の扉を開け見渡すと、すぐに立ち上がり近付いてきた男に目を向ける。持ち込み主であることを確認した青年は作成した書類を差し出し、次いで本紙と控えにサインと拇印を求めた。
冒険者の中には文字の読み書きが出来ない者もいる為、読み上げとサインはギルド職員が代行する事も可能である。
持ち込み者は書類内容を確認した後サインを記していたので、高度な教育を受けた者だと言えるだろう。
「以上で手続きは終了となります。何かご質問はございますか?」
「いや、大丈夫だ」
「そうですか、それはよかった。ではまたのご利用をお待ちしております」
満面の笑みを向けたリーデハルトに男はまたもや固まると、咳払いと深呼吸を繰り返し彼に問い掛けた。
「ところで、あの、リーデ様」
リーデハルトは普段冒険者や職員からはハルトと呼ばれている。その彼をリーデと呼ぶのは騎士団に所属していた時代に同じく騎士として関わっていた者達だけだ。
青年は相手の顔をよくよく見返し騎士団時代の記憶を掘り返したが、男の顔に見覚えはなかった。