どちら様ですか
リーデハルトはシリアスの似合わない好青年である。そもそもSランクの存在自体、地道な努力や落ちこぼれからの成り上がりを否定するかのような強大な力の顕現だ。それ以上に悲惨で凄惨で産まれたこと自体疎まれる存在であるのがSランク。
他の同胞は相応に相応しい過去があるのだが、リーデハルトには産まれた当時の記憶はなかった。凄絶な過去など記録していない彼はシリアスの空気にあまり慣れていないのだ。
とりあえず手に取った指輪を鑑定してみるリーデハルト。ギルド職員として鑑定の仕事をする際は、傷付かないようにと細心の注意を払い丁寧に扱う。
しかし現在彼は早く帰りたかった。がんがん指紋をつけながら宝神器かもしれない指輪に魔力を通し鑑定していくと、突如指輪から光が溢れ出す。目が眩むほどの光量に、一瞬だけ面倒そうな顔をしたリーデハルト。
光が徐々に収まると、現れたのは露出の激しい格好をした女性であった。豊かなブロンドの波打つ髪に肉感的な肢体を持つ女性は、やけにゆっくりと顔をあげるとようよう口を開く。
『妾を呼んだのはそなたかえ?』
「浄化」
『ひえ? ちょ、ちょっと待って! なんで!』
高圧的な呼び掛けに、にこやかな笑顔を浮かべたリーデハルトは即刻浄化を行った。しかし叫びながら取り乱す女性に、嫌そうな顔をしつつ一応浄化を途中で停止する。何が言いたいのかわからないと首を傾げる青年に彼女は心底信じられないといった表情で喋り出す。
『ちょっとあんた、宝神器には意志が宿るものがあるって知らないわけ?』
「知っているよ」
『知っているのに浄化しようとしたわけ? 信じらんない! 浄化したら能力の一端が消えちゃうのに意味わかんない!』
顔を真っ赤にして怒鳴り出す女性。
彼女の言うことは正しい。神の遺物と称される宝神器にはたまに意思宿るものが見付かる。それは総じて能力が特殊であり、通常の宝神器よりも価値が高い。
しかし意思の宿り方には二通りある。一つは宿る意思自体が神から与えられたとされ、宝神器の能力をより高めるもの。もう一つがダンジョン内に漂い消えないまま残る負の怨嗟が凝固し、宝神器に宿ってしまうもの。
前者には様々な個性があるため所持者に必ずしも幸運を与えるわけではないが、気に入った相手には力を貸す傾向にある。
後者は負の感情の集合体だ。巧みな甘言で所持者を誘導し、多大なる不幸に突き落とす。有名なものであれば、数多の所持者へ没落と非業の死を与えた呪いの宝玉があるだろう。
リーデハルトは冷めた目で女性を見る。気配も、雰囲気も、空気も、姿形も、声も、服装も、性格も、何もかも、それに見覚えはない。
「意思宿るもの、か」
『ふん、ようやっと理解したかえ。妾は高尚なる宝神器であるぞ。人の子よ、頭を垂れよ。敬うがいい』
いけしゃあしゃあと宣う彼女。リーデハルトは溜め息を吐いた。
彼女は違う。彼女はあり得ない。何よりも、彼が兄弟を間違えるはずがない。兄弟が彼を間違えるはずがない。
『人の子、何をしておる。妾を』
「もういいよ」
虫でも追い払うかのように片手を振ったリーデハルト。女は声を出す暇もなく今度こそ完全に浄化された。
宝神器に宿る意思は呪詛付に似ている。どちらも魔力を込めてから姿を現すのだ。そしてどちらも浄化が効くのだが、神から与えられた意思は簡単に消失するような失策はしない。
他にも神から与えられた意思は魔力を込めなくても顕現できるのだが、一定の魔力を消費しなければならないため、余程所持者を気に入らない限り現れない。
一方で負の怨嗟が凝固した意思は魔力を喰らうことで発動するため、魔力を流さなければ姿を現すことは出来ない。しかし呪詛付とは異なり、存在そのものが所持者に厄難を与える性質を持つ。
それでも双方ともに価値が高いのは、例え破滅をもたらすと知ってはいても栄光を求める者が後を絶たないからだ。
気に入っているアフトクラトルが戻ってきたと聞き、早めに帰りたかったリーデハルト。ギルド職員として必要なダンジョン情報は冊子に記したものの、最後の宝神器回収でこれだ。せっかく高揚した気分が台無しである。
だだ下がった気持ちを持ち直せず珍しく沈んだ表情をしたリーデハルト。目的は果たしたため、タンバとニワがいる15階層に戻る階段を重い足取りで一段ずつ登っていった。