ボスとご対面です
リーデハルトは本来非好戦的な性格である。他のSランクが殺意10割マシマシなのに対して普段の彼の殺意は1割にも満たない。代わりに面白そうなことには首を突っ込む質であり、ギルド職員になってから大分和らいだものの未だ刹那主義は健在である。
つまりリーデハルトは飽きっぽく、新しい玩具が見付かればそちらに興味が移る。見た目は慈愛に満ちた好青年でこそあるが、内心は中々に身勝手であった。
「雪禍の嘆き」15階層。眠る同行者のタンバとニワを目の端に捉えながら青年は歩き出す。二人が眠ってから転移魔法で一度塔に戻ったリーデハルト。その際駆け寄ってきたミスティが言ったのだ。
「あふとくらとるがかえってきたの」と。
アフトクラトルはSランクの内唯一リーデハルトを憎悪している男だ。
彼はかつてリーデハルトの才に憧れ、尊敬の念を抱いていた。己をも越える力に崇拝し、リーデハルトなら神にさえなれると盲目した。けれどいつまで経っても人と馴れ合うばかりの青年に不満を覚えたアフトクラトル。
何故世界を獲らないのだと訴える男に、リーデハルトはこの子疲れてるのかなと思った。
世界征服を真面目に考えていた真面目なアフトクラトルと人の言葉を否定はしないがどこまでも他人事のリーデハルト。
一方的な激情を押し付けたにも関わらず拒絶はしなかった彼にアフトクラトルは感情を反転させた。妄想だと否定してくれれば諦められたのにと。妄言だと拒絶してくれれば望まなかったのにと。
理想が現実にならない苛立ちをぶつける男にリーデハルトは根気強く付き合った。アフトクラトルもまた激情を抑制できない癇癪持ちの子どもだったのだ。
本気で戦いを挑み襲いかかってくるアフトクラトル。全力の殺し合いが出来る数少ない彼がリーデハルトは好きだった。面白がって構っていたら余計嫌われた。アフトクラトルは構われると嫌がる猫のようだった。
そんな男が帰ってきたと聞いたリーデハルト。もはやギルド職員の仕事よりも全力で遊びたい気持ちが勝り、何かもう早く帰りたかった。一人でダンジョンボスを討伐し宝神器を回収しようと今決めた。
念のため魔物が近寄らないようタンバとニワと荷物の周りに結界を張る。一旦階段を降りて階層を変えたところで、一気に薄氷の道を踏み砕いた。一瞬の無重力と急速に引き摺り落とされる不快感。
そんなものは全く気にならない青年はダンジョンボスの目の前に降り立つと、視線すら向けずに右手を振った。
突如天を貫いた火柱がボスであったアイスゴーレムを溶かし尽くす。接地面であった床は溶けて大きな湖と化していた。対面して僅かコンマ2秒。早業すぎて何が起きたのか、そもそも侵入者の気配にすら気付いていなかったアイスゴーレム。
「シリアスは合わないんだよ、ごめんね」
戦闘開始の合図すらなく決着させたリーデハルト。戦闘シーンなんてなかった。青年は厚い氷に覆われた宝物殿へ無遠慮に侵入すると雑に辺りを探り始めた。
宝神器と言ってもご丁寧に鎮座している訳ではなく、雑多に置かれた道具の中から見付け出さねばならない。現状仕組みは分かっていないが、宝神器以外はダンジョン内でしか存在できず、一歩でも外に出れば粒子となりながら消滅する。
宝神器なのかどうかは鑑定しても外に出るまではわからないため、運も冒険者の実力の内だと言われていた。
「んー、どれかな、これかな、どうかな」
とりあえず目についた道具を手に取ったリーデハルト。それは氷に似たアイスブルーの宝玉が付いた指輪であった。